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モノが売れない時代に、ある広告クリエイターが仕掛けたキャンペーンが話題をさらう理由

モノが売れない時代に、企業発の広告キャンペーンを牽引し、話題をさらっている広告会社とクリエイティブディレクターがいます。炎上に過敏になる企業もある中、どんな工夫をしているのでしょうか。

茨城県つくば市の駅前に突如あらわれた巨大なショッピングカート。

人の背丈をはるかに超えるカートを、道ゆく人たちは押すことも、どかすこともできない。一体これは何なのだ? 近寄ると、文字が見える。

「こんなに大きいの必要?」

このカートは2015年8月、市総合運動公園の基本計画の賛否を問う住民投票の前に現れた。

総合運動公園の基本計画は、1万5000人を収容できる陸上競技場や総合体育館など11のスポーツ施設を整備するというもので、総事業費は305億円。

「あまりに金額が大きすぎて、市民感覚では妥当なのかそうじゃないのか見当がつかないんです。なら、感覚的にわかりやすくするアプローチをしてみたらどうだろう、と」

こう話すのは、ショッピングカートの仕掛け人であり、広告会社「The Breakthrough Company GO」のクリエイティブディレクターでもある、砥川直大さんだ。

ちょうど当時、2020年東京五輪のメイン会場となる新国立競技場の総工費が2520億円だというニュースが出ていた。それと比較し、つくば市の総合運動公園の305億円を「その程度なのか」と思う人がいてもおかしくはなかった。

反対運動をする人たちが駅前でビラを配っていたが、興味を示す人は多くはなかった。地元でそんな計画があることすら知らない人が多くいることに驚いた。賛成か反対か以前に、そもそも関心をもつきっかけが必要なのではないか。

そこで砥川さんが後輩らと考えついたのが、巨大なショッピングカートだった。なぜカート? それは、外に置いておけ、日常的になじみがあり、つくばの未来を生きる子どもたちを育てる親たち世代が関心を持ちやすいものだから。

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巨大なビールジョッキの効果

さらに飲食店には、「こんなに大きいの必要?」というシールが貼られた巨大なビールジョッキも登場させた。

「実はこれ、市販の花瓶なんですけどね。文化祭のノリでやりました(笑)。お酒の席で乾杯するとき、なぜこのジョッキなのかを説明することになる。運動公園の計画について仲間内で議論が生まれるはずだと考えたわけです」

身近なものの巨大化は「映え」る。SNSに投稿する人が相次ぎ、メディアも取り上げた。少ないコストで露出効果を最大にする。狙いは当たった。

結果、住民投票は投票率47.3%となり、賛成1万5101票、反対6万3482票となり、市長は計画を白紙撤回した。

「もともと反対運動も起きていたので、カートやジョッキがあったから反対が多数派になったというわけではないでしょう。ただ、賛成と反対が大きく開いたことに意味があると思っています」

「住民投票には法的拘束力がないので、もし賛否が拮抗していたなら『理解を得られるように説明を尽くします』といって計画が進んでいたかもしれませんから」

しかも、砥川さんはこれを業務としてやっていたわけではない。あくまでプロボノだ。

筑波大学出身の砥川さんは、知人を通して総合運動公園の計画を知り、住民投票があることを把握してから20日間で、この巨大化キャンペーンを仕掛けたのだ。

「仕事」を「志事」と呼ぶ

砥川さんは、このように本業、プロボノに関わらず社会課題の解決に取り組む仕事を「志事」と呼んでいる。共通しているテーマは「クリエイティブの力で社会をポジティブに変えていくこと」。活動のきっかけは、2011年3月の東日本大震災だった。

被災地のために何もできなかったという自責の念があった。ホームレスを支援するNPOを手伝うようになったところ、自分の知らなかった社会課題の多さや根深さに直面し、立ち尽くした。

同時に、NPO活動を通して、伝え方の課題があるとも感じた。

「言いたいことが10あったら、すべて同じフォントの同じ級数でA4にびっしり書いちゃうような熱意や勢いのある人たちに、『言いたいことを3つに絞ってみたらどうですか』とアドバイスしながらメッセージを一緒に整理していくと、ぐっと伝わりやすくなったんです」

当時は、クリエイティブの仕事を始めて10年ほど。海外の広告賞の審査員をする機会もあり、クリエイティブで社会課題を解決する事例を見て、かっこよさを感じた。

「伝えるスキル、広めるためのスキルを社会に還元できる」と感じ、それが2017年にGOに転職する動機にもなった。「クリエイティブを『広告』だけにとどまらず、事業成長や社会課題の解決にも拡張していけることを証明するため」。そう理由を語る。

お金より尊いリターンがある

プロボノで取り組む「志事」には、基本的には対価は支払われていない。

「でも、利益はあります。クリエイティブによって社会課題を解決したことによる恩恵を、僕自身も僕の娘たちも将来、受けることになりますから」

砥川さんは、長期的な社会課題の解決はビジネスにもつながるという視点を強調する。

「このままのペースで消費・生産を続けていくと将来、資源が枯渇し、マーケットがなくなるリスクがあります。自然災害が起きて、ビジネスそのものがなくなることもありえます」

「人口が減ると市場が縮小しますが、それだけではありません。税収が減り、公共投資に優先順位がつくようになり、民営化が進みます。つまり、公益性が高い企業が生き残っていくのです」

同じような製品を、同じような質で、誰にでも素早く提供できる時代。莫大な研究費をかけてささいな商品改良を積み上げていくような企業間競争はなじまなくなった。

「コモディティ化によって商品そのものの競争は終わり、企業が何を信念として発信していくかが注目されています。地域、社会、地球に対して良いことをする企業が生き残っていくというような生存戦略になるのではないでしょうか」

企業が社会的なメッセージを発信する意味

環境保護活動に取り組んできたアウトドアアパレルの「パタゴニア」は、7月の参議院議員選挙では「#私たちの地球のために投票しよう」として、店舗で「選挙カフェ」を開き、従業員が投票に行くために投票日は直営店全店を一時休業した。

大手日用品メーカーの「P&G」のパンテーンは、校則や就活での髪型のしばりに疑問を投げかける「#この髪どうしてダメですか」のキャンペーンを展開し、注目を集めた。

企業が社会的な課題を自分ごととしてメッセージを出し、それに共感した消費者がブランドのファンになり、購買動機となる。砥川さんがいま大切にしているのは、企業の人格や意志を示すことだ。

あらゆるモノが横並びのいま、モノを買うより、そのビジョンを買うことが普通になりつつある。「ここがおかしい!ここを変えよう!」という意志こそが付加価値になり、そこに寄せられた期待や応援がお金に変わる。

「中の人」の背中を押す

利益追求という企業のミッションとのバランスもある。

「地球環境のために1億円を使って地道に植樹をして誰にも知られていないのと、1000万円で共感性の高いメッセージや問いを世の中に投げかけるだと、どちらがブランドのためになるか」

とはいえ、ネット上での「炎上」に過敏になっている企業も多い。発信しなければ伝わらないし、下手に発信すれば炎上する。

「僕も子育てをするうえで気づくことが多々ありますが、企業の方たちと接していても、ほとんどの人が何かしら世の中に疑問を抱いたり課題を感じたりしています。なのに"企業ごと"になった途端、言いづらくなってしまう」

「生活者としての『中の人』の声を集めて一緒に考えて、少しだけ勇気を出して一緒に発信していく。クリエイティブは、単純に表現を作るだけでなく、企業内の機運や仕組みを作るプロデューサー的な役割もあると思っています」

社会貢献がビジネスに

前職のアサツーディ・ケイで、社外から寄せられた「困りごと」にADKの社員がスキルを生かして取り組むというCSR / CSV活動を提案し、実施した。広告会社の知恵(ブレーン)を無償で貸し出すから「ブレーンタル」。50件の課題が一般から寄せられ、80名を超える社員有志が名乗り出た。

「社員にとっては半分は社会貢献ですが、普段は縁のない課題とクライアントでおもしろいことをできるかもしれない、賞なんかも獲れたら最高だよね、とみんないつもと違った心持ちで取り組むわけです。個人的には、世の中の課題が50件見えるだけでも資産です」

このうち5件のプロジェクトを実施し、JAXAの「未来レストランいぶき」が第65回カンヌライオンズでPR部門のブロンズを受賞した。ブレーンタルがきっかけで、JAXAはADKのクライアントになった。

社内にいる思いのある人たちを巻き込み、束ねていく。社会貢献をしつつ、結果的にビジネスに落とす。

砥川さんは、長崎県の石木川に40年以上前に建設が計画されたダムに関するパタゴニアのプロジェクトにも関わっている。「#いしきをかえよう」という緑色のポスターでは、経緯や予算に関する事実を説明しているのみだ。

「僕自身が問題を解決するとは考えていなくて、問題があることを知ってもらうサポートをしています。複雑な話をシンプルにして関心のない人に届けたり、社会に投げかける問いを企業と一緒に考えて発信したりできればと思っています」

さまざまな社会課題に取り組むことは、自身のクリエイティブの挑戦でもある。そこに人や企業を巻き込んで、未来が明るくなるのだとしたら、すごく"おいしい志事"だ。

砥川さんは、貪欲な社会貢献を発信し続けている。