幼児教育無償化がもはやカオスに。本当に子どものためになる政策なの?

    今ある資源さえ、ムダ遣いしていませんか。

    政府が検討している幼児教育無償化の制度設計が揺れている。

    一時、認可外の保育施設を対象外にするとして「不公平だ」と批判を浴び、原則すべての認可外施設を補助金の対象にする方針に一転した。

    一方、来年度の税制改正では高所得の会社員の増税が検討されている。子育て世帯は増税の対象外にする、つまり子どもがいない高所得者には増税するという案が報じられ、「人生の選択や個人の事情に”罰金”を課すなんて」と批判が集中した。

    子どもがいる、いない。子どもを預ける、預けない。預ける施設が幼稚園、保育園、認可、認可外。政府からは、国民の分断を誘うような提案ばかりが飛び出してくる。

    幼児教育無償化に当初から異議を唱えてきたのは、日本総合研究所主任研究員の池本美香さんだ。

    保育政策に詳しい池本さんは「お粗末な制度設計で無償化を進めたら、親も保育士も自治体職員もクタクタになるだけ。そのしわ寄せは子どもにいきます」と心配する。

    なぜなのか。理由を詳しく述べる前に、幼児教育無償化がこれまでどのように議論されてきたのかを振り返る。

    なぜ無償化に?

    幼児教育無償化の案は、これまでも単発的に浮上していた。今年3月、小泉進次郎氏ら自民党の若手議員でつくる小委員会が提言をまとめた「こども保険」の使い道として具体的になった。

    「高齢者に偏った社会保障制度を持続可能なものにし、子どもを社会全体で支える」(小泉氏)のが「こども保険」のねらいで、社会保険料の引き上げを財源案とした。

    自民党はさらに、10月にあった衆院選の直前、幼児教育無償化を目玉公約に掲げた。2年後に予定されている消費税率引き上げの増収分をあてるという提案だ。

    安倍晋三首相は、幼児教育無償化を含めた「全世代型社会保障」の実現に向けて年間2兆円規模の政策を年内にまとめるとし、消費増税でまかなえない約3000億円の拠出を経済界に要請。経団連、経済同友会、日本商工会議所の3団体は拠出する方針を示した。

    しかし、自民党の公約では〈すべての子供たちの幼稚園・保育園の費用〉が対象だったのが、衆院選後に突然、「認可外施設は対象外」と報じられた。「認可外は保育士の配置や面積などの基準が認可よりも緩く、無償化の対象にすると、政府が推奨していると受け止められかねない」(毎日新聞)などの理由からだ。

    これに待機児童問題の渦中にある保護者らが猛反発。「認可に預けられず仕方なく認可外に通わせている家庭もあるのに不公平」「まず待機児童解消が先だ」といった意見がTwitter上の#子育て政策おかしくないですかのハッシュタグで沸き起こり、保護者団体が署名活動もはじめた。

    政府はこうした声を受け、方針を転換。企業が整備する「企業主導型保育」や夜間も預かる「ベビーホテル」も含む、原則すべての認可外の保育施設を補助金支給の対象とする方向で検討することになった。

    補助金は、上限が月額2万5700円。認可外の保育料は施設ごとに異なり、月5万円を超える施設も少なくない。”無償”とはならない世帯が多く出てきそうだ。

    「救済補助金」でいいのか

    幼児教育無償化について、池本さんは「検討が不十分です」と話す。

    まず、認可外だけでなく認可でも、保育料負担の実情に見合っていないという。

    「認可施設の保育料はすでに所得に応じて軽減されていますから、認可の無償化は、高所得の人ほど恩恵が大きくなってしまいます」

    財源に余裕があるならともかく、緊急性が高い政策課題ではない、というのが池本さんの見方だ。むしろ弊害を指摘する。

    「保育の質が担保されていない施設を無償化すると、『救済補助金』として機能してしまい、本来必要とされる改革が停滞しかねません」

    働く女性が増えたことによって幼稚園の需要は大幅に減りつつある。そのぶん保育園の需要は増えているが、少子化でいずれ頭打ちになると見込まれる。

    待機児童問題は都市部では注目を集めているものの、全国的には施設をどんどん作って定員を増やせばいいという段階ではなくなっている。むしろ幼稚園を認定こども園に移行したり、幼保あわせた統廃合を検討したり、施設を小規模化したりと、大胆な改革が必要だ。

    それなのにすべての施設に ”無償化” という錦の御旗を掲げると、本来なら淘汰されるはずの質の悪い施設やニーズに合わない施設まで生き延びる可能性があるというのだ。

    「実際に幼児教育を無償化した国では、施設利用率が上がり、保育時間が長時間化しています」

    無償化によって保育ニーズが掘り起こされるほか、これまで払っていた保育料負担が減ると、事業者が追加で有料サービスを提供しやすくなったり、親はより長時間の保育を希望したりすることが考えられる。その結果、待機児童問題や保育士不足、保育の質の低下は、改善するどころか深刻化する懸念があるという。

    日本の高度経済成長が終わりを迎える1973年、老人医療費無料化が実施された。その結果、医療を必要としない高齢者が入院する"社会的入院"や過剰診療など、コスト感覚が失われ、高齢者医療費が膨れ上がった。「その幼児教育版ともなりかねません」と池本さんは指摘する。ツケを払うのは、当の子ども世代なのだ。

    優先順位は?

    「まず質の高い幼児教育や保育を提供できるように改革をして、無償化はその総仕上げとして最後にやるべきなんです」

    2007年に幼児教育を無償化したニュージーランドでは、1980年代からその準備となる改革がはじまっていたという。1986年、社会福祉省が所管していた保育園を、幼稚園を所管する教育省に移した。

    日本では、保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省が所管。認定こども園や企業主導型保育の事業を進める子ども・子育て支援制度は内閣府が担当している。この縦割り行政を、ニュージーランドはまずなくしたのだ。

    ニュージーランドはほかにも、すべての教育機関の質を評価する国の機関を設置し、評価結果をデータで公開している。保育士の給与水準は小学校教諭並みに引き上げられているが、保育士免許は更新制で、資格のレベルにより給与が異なる。施設でのICT化も進んでいる。

    日本では、さまざまな第三者評価機関や評価基準があり、結果の公開レベルもまちまち。保育士の給与水準は低く、現場にいない潜在保育士は70万人超といわれている。保育現場はいまだに連絡帳や出席簿、現金精算のアナログ文化だ。

    縦割り行政や自治体任せ、アナログ文化に象徴されるように、今ある子育て財源さえ、ムダ遣いが目立つ。無償化ありきで財源確保や対象者の選別に右往左往する前に、できることがあるのではないか。

    アナログ文化のムダ

    例えば、認可保育園の入園に向けた手続き。「保活」のシーズンになると、多くの保護者がその理不尽さやアナログぶりに驚く。

    入園は原則、認可の場合は自治体に、認可外の場合は各施設に申し込む。自治体によって認可外施設の情報提供にばらつきがあり、認可の選考基準もばらばら。「保活は情報戦」といわれるのはそのためだ。

    保護者は、園の見学や市区町村の入園相談窓口に何度も足を運ぶ。見学予約のための電話をかけ続けることもある。

    選考基準や施設の種別はとても複雑なため、窓口で職員が保護者一人ずつに丁寧に説明する。各施設の園長は見学や電話の対応にかかりきりになる。

    しかも入園申し込みは手書きの書類だ。書くほうの保護者も大変だが、データ入力やチェックをする自治体担当者の苦労もはかり知れない。

    会社員の夫婦なら、それぞれが勤める企業の人事担当者に就労証明の用紙を提出し、勤務実態を記入してもらう。自治体の職員は、入園申請書と就労証明の内容が食い違っていないかチェックする。そして申請書に書かれている希望園を、希望順の通り手作業でデータ入力し、ミスがないよう二重三重に確認する。

    入園に関する事務作業だけでもこれだけの量の業務を個人、企業、自治体に課しているわけだが、業務削減やコスト削減の感覚はあまり浸透していない。

    「幼児教育や保育に関わる人たちの隠れた負担は膨大です。一つひとつの作業はささいなことでも、積もり積もって保育財源を圧迫しているでしょう。このムダは、親、保育士、職員みんなを疲弊させています」

    「本気で無償化をやるのであれば、質の向上とコスト削減を必ずセットで進めてほしい。当事者の希望や現状課題をまったくわかっていない『ただの無償化』にはしないでもらいたいです」

    安倍首相は新しく政策の看板に掲げた「人づくり革命」の一環として、幼児教育無償化を掲げている。子どもたちの成長に直結する幼児教育や保育のビジョンとしてまず必要なのが、無償化なのだろうか。

    BuzzFeed JapanNews