「ねえグーグル、なぞなぞを出してください」
「わかりました」
ひとり暮らしの部屋に、会話が響く。部屋の主、84歳の若宮正子さんの呼びかけに、AIスピーカーが応えているのだ。


マーチャンの自宅のリビングは、スマートホーム化されている。
スマートスピーカー「Google Home」と、2019年6月に国内で発売されたスマートディスプレイ「Google Nest Hub」の2台が活躍中だ。
照明、エアコン、テレビ、ロボット掃除機のルンバとつないであり、「OKグーグル」と声をかけて操作する。マーチャンは普段の語り口と同様、グーグルにも丁寧語で呼びかけていた。
「OKグーグル、リビングの明かりを30%にしてください」
「ねえグーグル、お掃除をしてください」
Google Nest Hubは、ディスプレイで写真やYouTubeを見たり、ルーティン機能を使って一連の動作を設定したりすることもできるが、マーチャンの使い方はいたってシンプル。話しかけることと、話しかけて家電を動かすことだけだ。
「私、例外的にすごく忙しいおばあさんなので、写真なんか見ている暇ないんですよ(笑)」
「老人は口が達者ですから」

敬老の日を前にした9月13日、東京・六本木のGoogle社であったメディア説明会では、Google Nest事業本部長の秋山有子さんが、シニアに向けたスマートディスプレイの活用法をを説明した。
「家族の写真をデジタルフォトフレームで共有したり、昭和の歌謡曲をSpotifyで聞いたり。リマインダーを設定して忘れものを予防したりすることもできます」
続いて登壇したマーチャンは、音声検索や家電の操作を活用していると説明し、こんな一言で会場を笑わせた。
「年寄りってのは、体は動かなくなっても口だけはいつまでも達者ですから、活用できると思いますよ」
さらにこう続けた。
「『冷房を23度にして』『やっぱり寒いから28度にして』と頼むと、同居人はうんざりするでしょうが、OKグーグルは嫌味を言ったりしませんから。気兼ねしなくていいですね」
いつか身体が動かなくなったときに、頼れる人はいるだろうか。大規模な災害が起きたらどうやって避難すればいいのだろう。倒れたまま何日も誰にも気づかれなかったとしたら......。
「私の老後はいつなのかしら」と笑うマーチャンにも、そんな心配はある。
スマートホームは便利だが、現状は家の中だけで完結している。「外部との接点を設けられると、もっと安心できますね」とGoogleに提案していた。
村に1台のラジオしかなかった

昭和10(1935)年生まれのマーチャンがテクノロジーと出合った最初の記憶は、終戦を告げる玉音放送だ。村の人たちが集まって一つのラジオに耳を澄ませたあのとき、Wi-Fiが飛んで世界中の人と会話ができる未来なんて想像もできなかった。
定年まで銀行に勤めた後、在宅で母親の介護をすることに。「外の世界とつながれる環境を作りたい」とパソコンを独学で習得。ネットを通して友達や趣味の世界を広げていった。
「技術の変化のスピードが早い時代ですよね。他の時代を生きた人の85年と、私たちのように歴史絵巻を駆け抜けた85年は違うんでしょうね」
エクセルを表計算に使うのではなく、セルに色を入れて「エクセルアート」として楽しんだり、雛壇にひな人形を正しく並べるアプリ「hinadan」を開発するためにプログラミングを学んだり、常識にとらわれない形でITを活用してきたマーチャン。
「私はただ、変化がおもしろいから、もっとITを勉強したいんです。もはやITなしには生きられない時代ですが、やらなきゃいけないからやるのではなく、やるなと言われても、やりたいんです」
シニアは取り残されてきた

では、多くのシニアがITに苦手意識があるのはなぜなのでしょう、と問うと、即座に答えが返ってきた。
「それは、シニアが無視されてきたからです」
ITに限らず家電も含め、高度経済成長期からの技術の進歩はめざましく、一方でユーザーが置き去りになることも少なくなかった。
「例えば炊飯器なら、ご飯を炊ければ十分なはずが、おかゆが炊け、パンが焼ける機能がついているものもあります。各メーカーが多機能・高性能で競うようになり、逆に基本的な操作がしづらいと、素人は取り残されてしまいます」
「アナログの人には、デジタルのことでもアナログで伝えないと伝わらない。素人との接点になる人が必要なんです」
マーチャンは最新型のスマートディスプレイを持っているが、自分にとって必要な機能だけをシンプルに使う。ITマニアにはならない。ITとの付き合い方の基本姿勢はそこにあった。
自らが「素人との接点」になるため、11月に出版予定の『老いてこそデジタルを』(1万年堂出版)では、専門用語を使わず、わかりやすくITについて説明している。シニアがIT機器を初期設定するときのサポートが必要だと総務省に提言し、デジタル活用支援員の導入に向けた動きも進んでいる。

2019年6月にIT先進国のエストニアを訪れた後、エストニア在住の60歳以上を対象にアンケートを実施した。電子政府の利用率は87%、「電子政府が日々の役に立っている」と答えた人が95%となった。
「エストニアでは、銀行、税、医療、投票だけでなく、不動産や漁業の許可証まで、生活に必要な手続きがすべて同じフォーマットでできます。ITを使えば生活が便利になるとわかっているから、シニアのIT活用率や満足度が高いのだと思います」
74歳差の友達

マーチャンは、小学5年生の井上美奈さん(10)と友達になり、エストニアを一緒に訪問した。起業家を目指している美奈さんは、マーチャンのワークショップに参加するため、クラウドファンディングで資金を集めたのだ。
「美奈ちゃんとは年齢は関係なく、同じことに関心をもっている同志として付き合っています。チャットをしていたら、『今日は給食当番だから早く行かないと』と言われて、『あ、小学生なんだものね』と思い出したくらい(笑)」
マーチャンも美奈さんも、「何かを始めるのに年齢は関係ないよね」と話しているという。
「ITのおかげで、私は80歳を過ぎてからたくさん情報をインプットして成長でき、いま本当に人生が楽しいんです」
「介護はお嫁さんがやるのが当たり前、という時代ではないですし、家族の形も人それぞれ。ITを活用してシニアが自主的に学んだり楽しんだりできれば、それが老後をポジティブに過ごす一番の方法ですよね」
マーチャンの自宅のリビングの隅には、電子ピアノがある。
幼い頃からピアノを習ってみたかったが、第二次世界大戦が始まり、6歳だったマーチャンは習い事どころではなくなった。
「いつかピアノを弾いてみたい」。その夢を叶えたのは、75歳のときだった。
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昨日も、きょうも、これからも。ずっと付き合う「からだ」のことだから、みんなで悩みを分け合えたら、毎日がもっと楽しくなるかもしれない。
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