気温が35度を上回る中、エアコンのない教室で授業を受け、炎天下で日焼け止めも塗らないまま、部活動の練習をする。制服の上着を脱ぐことはできず、10キロを超えるカバンを持ち、途中で水は飲めず、学校から自宅までの道のりを歩く。

これらすべてではないにしても、集団生活を送るうえでの何らかの統率やルールのもと、多かれ少なかれ「苦行」を強いられているのが、日本で学校に通う子どもたちだ。
いつ健康被害が起きてもおかしくない。実際、愛知県豊田市で7月、小学1年生の男子児童が校外学習の後、エアコンが設置されていない教室に戻って意識を失い、熱中症で死亡した。
「ルールそのものは決して悪いものではありません。ですが、ルールはみんながハッピーになるためにあるものですよね。ルールによって子どもが健康被害を受けたり亡くなったりするのは、あってはならないことです」
新刊『ブラック校則』の共同編著者である名古屋大学大学院准教授の内田良さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう話す。

生徒のためのルールが生徒を死なせた
学校のルールが厳格に運用されたことで生徒が命を落とした事件として、1990年7月に神戸市の高校で起きた「校門圧死事件」がある。
遅刻指導をしていた教師たちが校門近くでハンドマイクを持ち、「あと○分!」とカウントしていた。午前8時30分のチャイムとともに、教師の一人が重さ約230キロの鉄製のスライド式の門扉を閉めた。そのときに駆け込んでいった女子生徒が頭部を挟まれ、死亡した。
遅刻を取り締まるのは、スムーズに1限目を始めるため、つまり生徒の学校生活をより良くするためだったはずだ。しかし、そのルールは逆の結果を導いた。生徒の安全を侵害し、命まで奪った。
校門圧死事件の教訓は、いまの学校現場で生かされているだろうか。

内田さんはこう話す。
「遅刻の取り締まりにしろ、髪型の統制にしろ、部活動にしろ、教師たちは生徒のために良かれと思ってやっている側面がすごく強いのです」
「ルールを決めることを含め、すべての教育活動には意義があります。ただし、良いことをしているという大義や信念が、かえって理不尽な側面を見えにくくさせているのではないでしょうか。人権侵害やリスクを軽視し、しまいには命を奪うことだってあります」
あらかじめ縛るしかない

2016年の文部科学省「教員勤務実態調査」によると、中学校教員の6割近くが「過労死ライン」に相当する働き方(週60時間以上)をしていることが明らかになっている。
少子化で生徒の数が減るとともに教員の人数も減っているが、アクティブラーニング、プログラミングなど新たに教えるべきことは増えている。生徒指導やコミュニケーションのケアのために割ける時間と人手が足りていない。
『ブラック校則』の共同編著者で評論家の荻上チキさんは、こう話す。
「個別の対応ができないから一律禁止、集団管理という対応がもっとも合理的だとされてしまうんです」
内田さんも続ける。
「他人を攻撃したり全体の秩序を乱したりする子どもがいれば、その時点で個別に対応すればいいだけなのに、すべての子どもを拘束する。あらかじめルールでがんじがらめに縛ってしまえば、とりあえずまとまっているように見えるからです」

ルールを内面化した教師
では、教員が増えて負担が減れば解決するのかというと、そういうわけでもないという。
「ルールに疑問を感じながら仕方なく取り締まっている教師と、ルールで縛ることが大好きな教師と、二通りのタイプがいます」と内田さん。
例えば、運動会の隊列や組体操、あいさつ運動など、子どもたちを統制することを美徳とする価値観が、学校には根強くある。その価値観を内面化し、誇りにする教師も少なくない。
『ブラック校則』の著者の一人で元公立小中学校教員の原田法人さんは、教育困難校などに赴任して「校則を手の内にした」ときの感覚をこう表現している。
学校が決めた「学校のきまり」や「生活のきまり」をもとに生徒指導を行うのが日常となった。教員として「特権的に」校則を「手の内」にし、子どもたちを「思い通りに従わせて」きたのである。
他方で、かつて生徒だったころに抱いていた、厳しく細かい規律への違和感は、どこか薄れていったように思う。
竹槍を磨き上げる教師カルチャー
荻上さんは、生徒を統率するために教師が行使する力を「竹槍」と表現する。時間も手間もかけられないから、強制力に頼り、攻撃的になる。
「教師には竹槍しか与えられていませんが、一方で、その竹槍をいかに美しく磨くかという独特のカルチャーが教師の間で生まれ、それを生徒に押し付けることもいとわない状況になっています」
「炎天下で校庭を10周させたり、生徒の私物を没収したり、無駄に長い反省文を書かせたり。大人になら課さないであろうペナルティを、子どもには与えても構わないという発想になってしまっています」
それが子どもにとって良いことだ、これこそが教育だ、とズレていく。そこに集団の論理がはたらいてズレが加速し、「学校ガラパゴス」な状態になる。

「すでにダイバーシティーが社会や教育の潮流になっているにもかかわらず、学校はいまだに特定の中学生らしさ、社会人らしさの型に当てはめることをゴールにしてしまっている。大人にとっては都合がよいけれど、子どもの成長にとっては合理的でも倫理的でもない。そのギャップがなかなか議論されてきませんでした」(荻上さん)
クラスをまとめられるのが良い先生、きちんと生活指導できるのが良い先生、秩序が保たれているのが良い学校ーー。教師だけでなく、保護者や生徒にも、いまだにそんな評価基準はある。
おしゃれ禁止の校則は増える傾向

プロジェクトの調査では、中学校の校則で「スカートの長さ指定」「下着の色指定」「眉毛剃り禁止」「髪型の指定」「整髪料禁止」「日焼け止めの持ち込み禁止」などの項目は、若い世代のほうが経験者が多いことがわかった。
多様化するファッションやおしゃれ願望をおさえつけ、画一化しようとする動きが改めて出てきている。
「調査では、細かくソフトなルールが想像以上にあることがわかった」と内田さん。厄介なのは、ルールをひとたび運用すると、ささいな「違反」が目立ってくることだという。
例えば、靴下の色が自由なら誰も足元を気にすることはないが、「靴下は白のみ」と決まると、薄いグレーや色付きの模様が入っている靴下の可否を取り締まるようになる。こうした微細な差異への指導はエンドレスに続く。
そうしてルール至上主義となった先に、不合理な「ブラック校則」や行き過ぎた指導が生まれる。生徒の安全や命を脅かすほどの。

行き過ぎた指導によって子どもが自殺する「指導死」の親の会の共同代表である大貫隆志さんは『ブラック校則』の中でこのように指摘している。
子どもたちがルールを守れるようにしてほしいと、保護者は学校に期待する。学校はその期待を受けて、子どもたちを厳しく指導する。厳しく指導してくれてありがたいと、保護者は学校に感謝する。学校はもっと期待に応えようと、子どもたちを指導する。
この循環は、善意とともにある。しかし善意であるからこそ、子どもたちはここから逃げ出せなくなる。そしてこの善意は、ときに子どもの生きる力を奪う。子どものための場から、主体である子どもが抜け落ちてしまっている。

「ホワイト校則」にするためには
2018年6月に起きた大阪北部地震では、親との連絡用に学校にスマホを持ち込んだ生徒が教師に没収された、といったツイートが相次いだ。
ルールはルールだが、それを運用しているのは、教育現場であり、教育者である生身の教師たちだ。もっと柔軟に、臨機応変に対応することはできないのか。
荻上さんはこう話す。
「それぞれの学校は自治権のもと、各地域や学校の需要に応じたルールを作ることができます。細かいルールの是非は、現場で声を上げていく必要があります」
「ただ『この校則や指導は人権侵害だ』というブラックリストは、国から通知できるのではないでしょうか。すでに体罰については文科省から通知が出ています。国でも校則の実態調査をして、子どもの視点を入れたうえで、不合理な指導や個人を抑圧するようなルールはなくしていくべきです」
内田さんは、「厳しく指導すればするほど生徒が離れていく」と語ったある教師の話を例に、教師は子どもとどんな関係性を築くのか、と問いかける。
「上からルールを押し付けて生徒の尊厳を踏みにじり続けるコミュニケーションか、そうではなく、まず相手のよいところを認めるコミュニケーションか。対話が始まるのはどちらでしょうか」
学校の裁量で作れるルールだからこそ、生徒も、教師も、保護者も、おかしいと感じたことに声を上げていけば、より良いものができるはず。2人はそう締めくくった。
生徒が主体となり校則を変えることはできるのか。インタビュー続編はこちら。
「校則一揆」のススメ。くるぶしソックス禁止のルールに高校生が物申す
夏休みが終わり、学校が始まる頃に、子どもの自殺が増えるというデータがあります。背景には友人関係や勉強の悩みがありますが、不登校の要因として「学校の決まり」と答えた子どもも一定数います。
集団生活のルールは必要ですが、中には、子どもの人権や健康を脅かすルールや指導も一部存在しています。
BuzzFeed Japanでは、子どもが安心できる居場所について考える記事をこのページから配信しています。8月31日午後9時からはYahoo! JAPAN(https://cast.yahoo.co.jp/buzzfeedjapan/)でウェブ番組を生配信します。
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