録音禁止ルールは誰を守るのか 記者とセクハラ、音声データ提供の是非は

    「セクハラ問題が、録音データ提供問題にすり替えられている」

    テレビ朝日の女性社員が財務省の福田淳一事務次官からセクハラの被害を受けた、と発表された記者会見

    テレ朝の篠塚浩報道局長は「被害者である社員の人権を徹底的に守る」と述べた一方、女性社員が録音した音声データを週刊新潮に渡していたことについて、「報道機関として不適切で遺憾だ」と述べた。

    被害者が身を守るための証拠保全か、オフレコや取材源の秘匿など報道倫理の遵守か。被害者が記者という職業だったからこそ、問われることになった。

    なぜ録音データを提供したのか

    テレ朝によると、女性社員は1年半ほど前から取材目的で、福田氏と1対1で食事をするようになった。福田氏から頻繁にセクハラ発言をされるようになったことから、「身を守るため」に会話の録音を始めたという。

    4月4日、福田氏から呼び出され、取材のため飲食をした際にもセクハラ発言があったため、途中から録音を始めた。

    女性社員は上司に「セクハラの事実を報じるべきではないか」と相談したが、上司は「本人が特定され、二次被害が予想されることから報道は難しい」と答えた。女性社員は、セクハラが黙認され続けてしまうのではという危機感から、週刊新潮に連絡。取材を受け、音声データの一部を提供した。

    週刊新潮は4月12日発売号でセクハラ発言を報道し、音源を公開した。新潮は女性記者の所属を秘匿したが、18日に福田氏が辞職に際して改めてセクハラを否定したその夜、テレ朝が被害にあったのは自社の記者だと会見した。

    テレ朝の会見では他社の記者から、女性社員が福田氏に無断で録音していた理由を聞いたり、問題視したりする質問があった。篠塚局長は「自らがこのような行為を受けているということを、会社や上司に説明する際に必要になるだろうということで録音していた。取材目的ではない」と述べた。

    また、女性社員が週刊新潮に音声データを提供したことについては「取材活動で得た情報が第三者に渡ったことは、報道機関として不適切で、遺憾だ」。女性社員がどのように話しているかについては、「不適切な行為だったという私どもの考えを聞いて、反省をしております」とコメントした。

    「取材活動そのものに支障が出る」

    無断録音や音声データ提供を問題視するメディアもあった。

    産経新聞は19日の朝刊で、「データ社外提供、過去にも問題」との見出しで、「一般的に『隠し録り』という取材手法や、他媒体に情報を提供する行為は通常の報道活動とは異なるものだ」と説明。オウム事件の弁護士一家殺害事件など、ビデオや音声データを社外に提供したケースはいずれも「報道姿勢が問われる事態になった」と書いている。

    読売新聞も、「テレ朝『録音提供 不適切』」との見出しで、報道倫理に詳しい元通信社記者の春名幹男・元早大客員教授の「取材で得た情報が自らの報道目的以外に使われたことで、今後、記者が取材先から信用されなくなり、取材活動そのものに支障が出るおそれがあるのではないか」というコメントを掲載した。

    一方、セクハラ被害に詳しい弁護士たちは19日、「会話の録音は身を守るために必要な手段だった」「やむを得ずとった手段だった」との認識を示している

    元毎日新聞記者の上谷さくら弁護士はBuzzFeed Newsの取材に、こう話す。

    無断録音も音声データ提供も、報道倫理が問われる可能性はありますが、違法性はありません

    取材時の録音にルールはあるのか

    そもそも、記者が取材中に録音をするときには、どんなルールがあるのか。

    テレ朝によると、福田氏からセクハラ発言があったのは、取材のために1対1で飲食をしていたときのことだ。

    記者は、取材相手から公式の会見などでは聞けない深い情報を聞くために、早朝や夜に取材相手の自宅に行ったり、食事をしたりすることがある。「夜討ち朝駆け」などと呼ばれる取材活動だ。

    他社が得ていない特ダネ情報を得るためには、1対1での取材も多くなる。その際、「オフレコ(オフ・ザ・レコード=記録禁止)」と呼ばれるルールが適用されることがある。

    オフレコといっても、いろいろある。録音禁止や公表禁止、「情報元を明らかにしなければ一部引用可」など取り決めを個別に交わすこともあるが、現実的にはこれらのルールが取材で事前に明言されることは少ない。雰囲気で「オフレコ前提」となることも多い。

    2013年7月に過労死したNHK首都圏放送センターの記者、佐戸未和さん(当時31)は母親に、メモや録音がとれない取材の大変さを漏らしていた

    取材先との酒に付き合うことが多かったが、そこで得た情報を忘れずすぐ報告できるよう、宴席後は酔いを冷ますために喉に指を突っ込み、トイレで吐く。それを日々、繰り返す。

    いつの間にか、その指には「吐きダコ」ができていた、という。

    録音禁止ルールはどう教えられているか

    ある民放局の女性社員は、録音禁止のルールは教わったことがなかったが、取材相手の男性から「俺の前でメモなんかとるなよー」と親密さを強調するような発言をされ、メモをとると腹を割って話してもらえない、と気づいたという。

    テレ朝の複数の社員によると、取材中の録音の可否について社内で明文化されたルールを教わった記憶はないが、取材先との飲み会などでの録音禁止ルールが、先輩から後輩へ引き継がれている部署があるという。

    同社のある女性社員はこう話す。

    「会見やオンレコ以外の取材では、聞いたことをすべて記憶しなければならないんだ、と最初は驚きました。無断録音がダメだということを多くの記者は共有しているはずです」

    「それでも録音して証拠を残そうとしたのは、多くの性犯罪やセクハラで、証拠がないと認めてもらえない、助けてもらえない、という前例があり、自分の身は自分で守るしかない、と追い詰められたからではないでしょうか」

    「ネットの反応を見ていると、セクハラ問題が報道倫理の問題にすり替えられていくことに、同じように働く立場として危機感を覚えます」

    録音がなければ「シロ」になるケースも

    前述したが、上谷弁護士は「無断録音も音声データ提供も、報道倫理が問われる可能性はあるが、違法性はありません」との見解だ。さらに今回はセクハラを告発する過程から、無断録音と音声データの提供は緊急避難的だった、との見方がある。

    「無断録音も音声データ提供も報道倫理の問題にとどまりますが、記者にとっては、記者生命にかかわるほど重要な倫理です」

    「今回のケースは、その報道倫理を破らざるをえないほどの、やむを得ない経緯があったと考えるべきです。セクハラ被害を告発することには公益性があり、社内でちゃんと順序も踏んでいます」

    「社内での順序」とは、この女性記者が最初に「セクハラを自社で報道しよう」と上司に相談していることだ。上司から止められたことで、セクハラの実態を訴えるためにやむなく新潮社に連絡し、音声データを提供している。

    犯罪被害者支援に詳しい上谷弁護士は、スマホなどで録音や撮影がしやすくなった今、セクハラ被害を立証する際に、録音データの有無が重視されるようになってきている、と指摘する。

    「セクハラの認定については、加害者が否認している場合、録音があれば『クロ』、なければ『シロ』くらいにまでなってしまっています」

    「今回の場合、相手は事務次官で、そんな発言はしていないと言われたらおしまい。上司に訴えても報じることができませんでした。週刊新潮だって、彼女の証言だけではあそこまでの記事は書けなかったでしょう。セクハラ被害が闇に葬り去られないために、じゃあ他にどうすればよかったの、という話です」

    「無断録音も音声データ提供も違法性はなく、今回の音声データの証拠能力にはまったく問題がありません。今後、もしもテレ朝が財務省を相手に裁判をするということがあれば、セクハラを立証する決め手になりうると思います」

    報道倫理が果たす役割とは...

    実際に女性記者に本件について話を聞くと、新潮の音声公開以降、取材時に対象者から「ICレコーダー回してないよね?」「女性記者とはうかうか2人きりになれない」みたいに言われて、永田町で女性記者の取材がとてもやりにくくなってるそうで、様々な意味で本末転倒感がすごい。

    私は、今回の件で「では女性を現場に出すのはやめよう」「女性の取材を受けるのはやめよう」となることを心配しています。それは女性記者は記者である前に性的な存在であるという眼差しを強化するだけです。そうではなく「セクハラはもうやめよう、受け流すのはもうやめよう」という動きにしなければ。

    録音をめぐる議論の行く末を、上谷弁護士は危惧する。

    「まさか録音してないよね、と取材のたびに言われるようになるかもしれません。取材する側と取材される側の信頼関係に影響が出るのも問題ですが、とりわけ女性記者の取材活動に影響が出ることがなければよいのですが」

    4月19日発売の週刊新潮によると、福田氏のセクハラ発言を報じた際、麻生太郎財務大臣は担当記者たちとの懇親会の席で、記者に「次官のセクハラ、さすがに辞職なんじゃないですかね」と問われてこう答えたという。

    だったらすぐに男の番(記者)に替えればいいだけじゃないか。なあそうだろ?

    だってさ、(週刊新潮に話した担当女性記者は)ネタをもらえるかもってそれでついていったんだろ。触られてもいないんじゃないの。

    男性であろうと女性であろうと、記者としての仕事に真剣に取り組みたい。セクハラが嫌なら男の記者に替えればいいという論理では、女性記者が活動する場は制限される。男性記者だろうと女性記者だろうと、セクハラしなければいいだけではないのか。

    テレ朝の会見では、女性社員のコメントが読み上げられた。

    「福田氏がハラスメントの事実を認めないまま辞意を表明したことについて、とても残念に思っています」

    「財務省に対しては今後も調査を続け、事実を明らかにすることを望んでいます。全ての女性が働きやすい社会になってほしいと、心から思っています」

    セクハラが起こる構造的な問題にきちんと向き合わないまま、報道倫理の問題として議論されたり、配慮の名目で女性記者の活動を制限するような言説が生まれたり。これは、福田氏だけ、テレ朝1社だけの問題ではない。報道倫理という名のもとの「特別ルール」で覆われた、報道現場だけの特殊な問題でもない。

    BuzzFeed JapanNews