妊娠7カ月でホームレスになった18歳。希望は妊婦健診だけ

    18歳で妊娠したが、家に帰れず路上で過ごすようになった女性。周りに助けを求めづらく、行政の支援はすぐには彼女に届きませんでした。

    その晩は、雨が降るという予報だった。12月に入ったばかりの空はどんよりと淀んでいた。

    財布に残っているのはわずか2000円。傘を買うことはできない。サンダル履きの裸足の指先はしびれていた。家を出たときに履いていたジーンズはきつくて、気が遠くなりそうだった。

    お腹が空いた。喉が乾いた。横になりたかった。「もう限界かもしれない」。警察署のドアをくぐった。

    家を出てからそれまでの事情を話すと、男性の警察官は不思議そうに言った。

    「臨月になるお腹って、そんなに小さいものなんですか?」

    3カ月にわたって路上生活を続けていた18歳のユウさん(仮名)が、ようやく保護された日だった。

    産んだばかりの赤ちゃんを遺棄したり、世話を怠って死亡させたり。出産、育児を引き受けることの難しさから起きる事件は、後を絶たない。特に、10代や20代で未婚で妊娠した女性が、行政や病院につながれないまま、孤立して行き詰まるケースが深刻だ。

    妊娠中にホームレスになったユウさんは、無事に出産し、いまは2歳になった息子とともに、児童福祉法に定められた母子生活支援施設で暮らしている。

    「自分と同じような思いをする女性をなくしたい」と、BuzzFeed Newsに体験を語ってくれた。

    父に無視されるようになった

    ユウさんは当時、定時制の高校に通っていた。

    遠方の私立中高一貫校に進んで寮生活をしていたが、方言をからかわれ、いじめを受けた。高校1年で実家に戻り、公立の定時制に転校した。

    「中学受験のときには父が熱心に勉強を教えてくれて、そのおかげで受かったんです。高い学費を出してもらって送り出してもらったのに、転校することになって」

    父は話をしてくれなくなった。

    「父からは『頑張れ』と言われるばかりで褒められたことがなかったので、頑張って自立できたら褒めてくれるのかな、何をしたら父と仲良くできるのかな、ということばかり考えていました」

    話しかけても無視され、会話は母を通してするしかなかった。両親のけんかが増え、家の中のものが飛び交った。「私のせいで」。部屋に逃げた。

    門限は20時と厳しく決められていた。自宅は安心できる場所ではなく、帰ることが苦痛になっていった。

    一方で、定時制の友達の多くはアルバイトをしていた。人と違うことでいじめられた経験があるユウさんは、みんなと同じようにしたいのと家に帰りたくない思いから、飲食店やコンビニでバイトを始めた。帰宅が遅くなると、両親との関係はますます悪化した。

    同じように家庭環境に不満を抱えた友達もいた。家を出てどこかで暮らせたらいいね、じゃあもっと稼がなきゃね、などと話し、ガールズバーで働くようになった。未成年でも雇われたことに驚いたが、そのうちキャバクラの仕事も紹介された。オーナーの男性と親しくなり、妊娠がわかった。

    「まず両親の顔が浮かびました。未成年だから親に言わなきゃいけないけど、どうしようかと。でも、産むことは決めていました」

    しばらくは彼が用意したマンションで暮らしていたが、つわりがひどくなり、両親に事情を話し、実家に戻った。

    父は無視するだけでなく、横になって休んでいたユウさんにテレビのリモコンを投げつけるなど、嫌がらせをするようになった。母には「ゴロゴロしている姿を見るとイライラする」と言われた。受験を控えたきょうだいにも気を遣った。彼に相談すると「部屋を借りる」と言ってくれた。

    2017年9月、ユウさんは家を出た。妊娠7カ月を迎えようとしていた。

    パチンコ店のトイレで寝た

    バッグには、10万円ほどの現金、化粧品、携帯電話、下着と手帳、そして母子手帳と保険証。着替えの洋服は1枚だけ。

    ネットカフェで過ごしながら、彼からの連絡を待った。ところが急に、携帯電話が使えなくなった。親名義の契約だったため、おそらく止められたのだ。彼とは連絡がとれなくなった。

    ネットカフェに泊まるのは3日に一度ほどになった。公園のベンチや、パチンコ店のトイレで寝ることにした。

    食べるものどうしようかな、そろそろ洗濯しないと、今日はどこで寝ようか......

    「じっとしているといろいろ考えてしまってつらすぎるので、日中はずっと歩き続けていました。いろいろな景色を見ると、少しだけ気分がまぎれたので」

    大通りをとぼとぼと歩き続けているユウさんが妊娠中だと気づく人は誰もいなかった。ジーンズは日に日にきつくなってきたが、体重は減る一方で、お腹は目立たないまま。誰からも、声をかけられなかった。

    「家に帰れない」と健診で訴えた

    赤ちゃんは大丈夫なんだろうか。ユウさんは定期の妊婦健診を受けるため、かかりつけの産婦人科のある病院まで3時間かけて歩いた。健診費用助成の補助券でまかなえない実費が数千円かかることもあったが、毎月の健診は欠かさなかった。超音波で赤ちゃんの写真を見ることが、そのときの希望だった。

    病院に行くたびに、家に帰れない事情があることを相談した。

    母子生活支援施設のことを教えてもらったときは、市役所を訪れた。母子の施設のため、妊娠中は受け入れられないと言われた。生活保護の案内もされたが、実家に連絡されることを避けたく、事情を詳しく話さず立ち去った。

    助産師から「孫が生まれたら、おじいちゃんとおばあちゃんは変わるよ。絶対にかわいがってくれて、親子の関係もよくなるはず」と言われたこともあった。その言葉を信じようとも思った。産後、落ち着いてから会いに行ったら、きっと受け入れてくれるんじゃないか。だから今は迷惑をかけないようにしないと、と。

    「家に帰れないといっても、私は父親の扶養の健康保険証を持っていたので、そこまで深刻な事情ではないと受け止められていたのかもしれません。『頭を下げて帰らせてもらったら』とも何度も言われました。妊婦健診に欠かさず行ってお金も払っていたので、未受診妊婦よりはリスクが低いと判断されていたのでしょうか」

    待合室では、幸せそうな妊婦と、連れ添う夫たちを見かけた。「この人たちはゆっくり寝られているんだろうな。なんで私はひとりぼっちなんだろう」と目を背けた。

    「でも、こうなったのは自分のせいだし。絶対にこの子を守るんだ。お腹の中で今日まで無事に生きたんだから、明日もきっと生きるはず」

    当時を振り返り、ユウさんは「どうかしていたのかもしれませんが、たとえどんな状況になってもこの子だけは守りきるんだということで頭がいっぱいでした」と話す。

    健診の費用を節約するため、100円の食パンを買って1枚ずつ食べた。フードコートに寄ってペットボトルに水を入れ、スーパーの試食を回った。

    歯が割れ、根元から抜けた

    肌寒くなってきた。大きめのニットセーターを2枚買い、1枚を着て、1枚は公園の水で洗った。家を出てからずっとワンデーの使い捨てコンタクトをつけていて、目を開けているだけでつらかった。

    「何かを食べたときに、バリッと音がしたんです。石でも入っていたのかなと思ったら歯が割れていて、その後、根元から抜けました。18歳で歯が抜けるんだ、妊婦ってここまで子どもに栄養をあげているんだ、とびっくりしました」

    妊娠前に45キロあった体重は40キロに減っていた。蛋白尿が出て、腎臓の機能が弱っていると健診で指摘された。妊娠7カ月で、すでに子宮口は2センチ開いていた。ジーンズがきつくて自覚はなかったが、お腹もかなり張っていた。しかし、赤ちゃんの体重は、順調に増えていた。

    病院でもらった冊子を見ると、子宮口が開くのは分娩のとき、陣痛が始まってからだとあった。

    「もう限界かもしれない」

    12月上旬、家を出てから3カ月、ユウさんは保護された。

    警察署で事情を話すと、「とりあえずあったまりなさい」と当直の部屋に案内され、温かいコーンポタージュとみかんをもらった。

    翌日、特例ということで母子生活支援施設で一時保護されることになった。

    「屋根があってお風呂があって水が飲めて、幸せだなあと思いました。中学受験に合格したときよりもうれしかった」

    それから約1カ月後、ユウさんは無事に出産した。病室は4人部屋で、他のベッドでは携帯が鳴ったり家族が面会に訪れたりしていた。ユウさんは止められた携帯電話のカメラで、息子の写真をひたすら撮影した。

    「息子が無事で本当に安心しました。やっと会えた。とにかくかわいかった。これからも私が守るんだ、と心に決めました」

    行き場のない妊婦を助けたい

    いまは派遣の事務の仕事をしているユウさんが毎月、寄付をしている先がある。一般社団法人「小さないのちのドア」だ。出産して1年半後、たまたまインターネットのニュースでその存在を知った。

    思いがけない妊娠や、子育てで追い詰められた女性のための24時間体制の相談窓口で、2018年9月に神戸市で開設してから、2500件を超える相談を受けてきた。

    「小さないのちのドア」は、併設の助産院の敷地横に、行き場のない妊婦を受け入れる「マタニティホーム」を開設する準備を進めている。

    ネットカフェなどに寝泊まりしたり、公園のベンチや河川敷で過ごすホームレスの妊婦がいる。未成年の妊婦は、制度の狭間や家族との関係によって支援が受けられないことも少なくないという。

    これまでは助産院の一室で保護したり賃貸住宅を借り上げたりしていたが、マタニティホームの必要性について、施設長の西尾和子さんはこう話す。

    「行き場を失ってしんどい思いをしている女性たちは、すでに家族や恋人など多くの人に裏切られ、人を信頼できなくなっていることがあります。自分からSOSを出しづらく、助けてと言えない状況です。ひとりにさせるのではなく、温かく迎え入れ、信頼関係を築くことから始める必要があります」

    自分のように行き場のない妊婦をひとりでも助けたい、とユウさんは言う。

    「今この瞬間にも、私と同じような思いをしている人がいると思うとすごくつらくて、自分がその立場にいるような気持ちになってしまいます。このお金で誰かが1食でも食べられるかもしれない、タクシーに乗っていのちのドアに駆けこめるかもしれない、と重ね合わせてしまうんです」

    「私は高校を中退しているし、資格もないし、子どももまだ小さいし、妊婦さんに直接かかわることはできないから、せめて私のお小遣いから、と思って送っています」

    ユウさんの母親は、娘が彼と暮らしているとばかり思っていたという。家族の関係は修復しつつあり、月に1回は息子を連れて実家に帰っている。福祉の勉強も始めた。

    「息子が理解できる年齢になったら、こんなことがあったんだよ、と話す日がくるかもしれません。助けてもらった命なんだから、ちゃんと生きなきゃだめだよ、と伝えたいですね」

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