妻を苦しめるため、子どもを虐待する。知ってほしい「もうひとつの暴力」

    妻が思い通りにならないと、見せしめに飼い犬を殴る夫がいる。

    千葉県野田市の自宅で10歳の栗原心愛さんが亡くなり、父親(41)が傷害の疑いで逮捕された事件。母親(31)も、暴行を止めなかったのは共謀だとして同じ疑いで逮捕された

    母親は、夫からDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けていたという。一家が転居前に住んでいた沖縄県糸満市や、心愛さんが一時保護されていた柏児童相談所も、DVがあることを把握していた。

    虐待とDV。家庭内の暴力はなぜ何度も見過ごされ、最悪のケースを招いたのか。

    虐待をなくすための活動を続け、「#こどものいのちはこどものもの」のハッシュタグで発信しているタレントの犬山紙子さんと眞鍋かをりさんが、家族の問題に詳しい臨床心理士の信田さよ子さんに話を聞いた。

    妻が思い通りにならないと犬を殴る夫

    眞鍋 夫からDVを受けていたとされる母親が、娘への虐待を止めなかったとして逮捕されました。母親の関与の解明はこれからでしょうが、信田さんはどう受け止めていますか?

    信田 DVと虐待は通底していると認識されていないことが逮捕につながったのでは、と感じています。

    DV(ドメスティック・バイオレンス)は、配偶者や恋人など親密な関係にある人(あった人)から振るわれる暴力とされています。殴る、蹴るなどの身体的な暴力だと思われがちですが、このカウンセリングセンターを訪れる被害女性の3分の2は、身体的な暴力を受けていません。

    その代わりに、生活費を渡さないなど経済的に抑圧する、行動を監視する、しょっちゅう罵声を浴びせるなどの精神的な暴力や、性的な暴力の被害に遭っています。「お前はバカだ」「子どもなんか育てられない」と罵られ続け、すべての自信をなくして支配下に入り、マインドコントロールされた状態になることもあります。

    妻が思い通りにならないと、そのたびにゴルフクラブでペットの犬を殴る夫もいます。相手が大切にしているものを傷つける行為もDVにあたります。妻を苦しめるために子どもを虐待する、特に女の子の場合は、妻の身代わりとして虐待される場合もあります。

    DVから虐待の通告につながる

    信田 2004年に児童虐待防止法が改正された後、子どもが同居する家庭内での配偶者に対する暴力も、子どもに著しい心理的外傷を与える言動だという文言が付け加えられました。

    2012年から警察庁は「面前DV」という言葉を使い、DVで110番通報を受けた警察が駆け付けたときにそこに子どもがいれば、「心理的虐待(面前DV)」として児童相談所に通告するようになりました。

    2018年上半期には、警察が児童相談所に通告した子どものうち45.5%が面前DVによるものでした。児童虐待の通告人数が右肩上がりに増えている主な要因は、面前DVの通告の増加なのです。

    「面前DV」の通告がこれだけ多い時代にも関わらず、DVの被害者である母親が、虐待の行為に加担したということで加害者として逮捕されたのです。

    犬山 確かにDVに関しての検証や報道は少ないように感じますね。

    信田 心愛さんの母親は児童相談所などにDV被害を訴えていたと報じられていますが、母親がDVの被害者支援員や支援団体につながったという情報は現時点ではありません。

    東京都目黒区で、両親から虐待を受けていた船戸結愛ちゃんが亡くなった事件を思い出してください。父親が虐待をする。母親が従う。一時保護と保護解除がされている。転居する。女の子が亡くなるーー。

    このような条件がそろった虐待は、実はたくさん起きています。目黒も千葉も、そこにいくつかの偶然が重なったために最悪のケースになったわけです。再発を防ぐには、DVという視点を持って、母子を保護することが急務です。

    家庭内の問題に関知しない

    眞鍋 政府は、目黒の事件を受けて2018年7月に策定した「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」を、千葉の事件を受けてさらに徹底するよう呼びかけています。児童虐待に関しては、児童福祉司の増員や専門性の強化、関係機関との情報共有などが対策に盛り込まれ、すべての虐待ケースの安全確認をすることにもなりました。一方、DVに関してはどうなのでしょうか。

    信田 日本では、家庭内の問題には関知しないという前提で法制度ができており、虐待の対策でさえ不十分です。残念ながら、DV対策のほうはさらに輪をかけて不十分といえます。

    児童虐待の相談先は児童相談所ですが、DVの相談先は、都道府県などが設置している女性相談センターや男女共同参画センター、福祉事務所などが「配偶者暴力相談支援センター」の機能を果たしています。ただ、支援員の多くは週2日勤務だったり、フルタイムではなかったり。待遇改善が必要だと感じています。

    児童虐待については児童福祉司による一定の介入が認められており、警察との連携も進んでいます。一方DVについては、被害者支援と警察の連携が取れているとは言いがたいです。

    なぜDV対策が不十分なのか

    信田 被害者が子どもではなく大人だというのが大きいです。虐待の対策をすると多くの人に支持されるけれど、DVの対策は当事者以外から「よくやった」という声が上がりにくい。なぜなら「子どもの命を救う」というような、いわばヒューマニスティックな満足感や感動が、DVにはないからです。

    眞鍋 子どもなら一時保護という形で、強制的に加害者(親)と引き離すことができるけれど、大人の場合、「大丈夫です」と言われてしまうとそれ以上は介入ができないという事情もあるのでしょうか。自らSOSを出してくれない限りは助けられないという。

    信田 母親が「大丈夫です」と言ってしまうのは、子どもの問題は母親の問題だと母親を責める論調があるからでしょう。

    なぜ逃げないのか。なぜ助けを求めなかったのか。なぜ命をかけてまで子どもを守らないのか。そんな問いは、母親本人にしてみれば最も残酷です。

    DVを受け続けていると、今日をなんとか生き延びたい、この瞬間をどうにかやり過ごしたいという思考になり、助けを求めることなんて考えられないような心理状態に追い込まれるわけですから。

    皮肉にも、昨年から今年にかけて父親による虐待が明るみになったことで、ようやく母親だけの問題ではないのだということが認識されるようになってきました。

    →のが精一杯だ。それは夫の考えそのものだ。「君にはここ以外に生きる場所なんかない正しいことを言う僕を怒らせたのは君なんだ」。DVは怒りの発散が目的ではなく、このような考えに妻を染め上げて自分の視線一つで妻を震え上がらせるほどの支配を貫徹することなのだ。同じ構造は日本に溢れている。

    すぐに逃げろと言われても......

    犬山 夫に殴られているという子育て中の母親のツイートを見かけたので、DMで配偶者暴力相談支援センターなどの相談先を伝えたことがあります。その方はすでにセンターに相談をしていましたが、行政や警察の対応に不信感を持っていました。どうやら、誰かに通報されて警察が介入したとき、火に油をそそぐような対応をされたらしいのです。

    信田 いったん不信感を持ってしまうと、二度と行政や警察に頼れなくなってしまうケースはあります。相談機関に電話すると「すぐに家を出るように」と言われるけれど、子どもが受験生だったりペットがいたり、さまざまな事情があってすぐに逃げられない人はたくさんいます。

    逃げる以外に選択肢がないなら自分はどうすればいいんだ、どうせ誰も助けてくれない、と相談することを諦め、心を閉ざしてしまう人もいます。

    眞鍋 子どものために自分さえ我慢すればいい、と考える人もいるでしょうね......どうすればいいんでしょうか。

    信田 DVから逃れようとするとき、多くの人は必ず戻ることを考えるんですね。逃げた後に加害者が逮捕されるのでなければ、戻ってから報復されたり、次はもっと巧妙な形で自宅から出られないようにされるかもしれません。戻った時のことを考えると、怖くて逃げられない、と。

    それでも、一晩でいいから家を出たほうがいいとアドバイスしています。

    1泊できるくらいのお金を常に財布に入れておき、すぐに逃げ込めるビジネスホテルの目星をつけておく。そしていざ家を出るときには、相手に手紙を残したりLINEで送ったりできるように、文章のフォーマットを作っておくのです。

    「あなたの暴力に耐えられないので外で一晩、過ごします。必ず帰るので、その間にあなたも自分がした行為について考えてください」といった文面です。

    なぜそれが効果的なのかというと、DV加害者が怖がるのは警察ではなく、パートナーがいなくなることなんです。愛していないわけではなくて、むしろ自分のことを最もよくわかってくれ、最も支配できる相手だからこそ、暴力をふるうのです。加害者なのに自分こそが被害者だと思い込んでいることさえあるので、いったん距離を置き、ひどいことをしたのだと気づかせる必要があります。

    このままでは子どもも親も救われない

    犬山 DVをなくすことが子どもへの虐待をなくすためにまず大事だと感じるのですが、具体的にはどういう支援が必要なのでしょうか。

    信田 被害者に逃げろというだけでは限界があるので、加害者へのアプローチが必要です。DV加害者には再発防止プログラムを受けてもらい、あなたがやった行為は100%あなたの責任であり、いかなる理由であろうと暴言、暴力の手段を使ってはならない、と伝え続けるのです。

    また、命に関わることなので、警察とDV被害者支援団体の連携も必要です。

    そして最も効果があるのは、一般の人たちの感覚による発信です。こうした事件があるたびに、「このままでは子どもも親も救われない、手を差し伸べたなければ」と声をあげることが、DVをなくし、子どもを守れる社会に近づく一歩だと思います。