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「彼女はやっと被害者であると認められた」 伊藤詩織さん勝訴がもつ意味とは

「実名で被害を告発したことに『公共性』が認められたのは、画期的といえます」

意識を失った状態で性行為を強要されたと訴えていたジャーナリストの伊藤詩織さんが12月18日、勝訴した。

検察審査会で不起訴相当と判断されてから2年あまり。争いの場を民事裁判に移し、実名で顔を出して訴え続けてきた伊藤さんの主張が認められた形だ。

この判決は、どんな意味をもつのか。

BuzzFeed Newsは、千葉大学大学院専門法務研究科の後藤弘子教授(刑事法、ジェンダーと法)に、判決について解説してもらった。

「双方の言い分を丁寧に判断」

「完膚なき原告の勝訴です」

後藤教授は、東京地裁の判決をこう評価する。

判決で鈴木昭洋裁判長は、「酩酊状態にあって意識のない原告に対し、合意のないまま性行為に及んだ」などと伊藤さんの主張を認め、山口さんに330万円の支払いを命じた。

一方、名誉毀損やプライバシー侵害にあたるとして反訴していた山口さん側の請求は棄却した。

「客観的な事実と、原告と被告の双方の言い分をひとつひとつ丁寧に照らし合わせ、細かく事実認定しているのと同時に、供述の信用性を判断しています。その評価の仕方が、とても公正な印象を受けます」(後藤教授)

「合意のない性行為」と認定

伊藤さんが就職相談のために山口さんと会った2015年4月3日の夜、山口さんの宿泊先だったホテルで避妊具をつけずに性行為をした事実については、原告と被告の間で争いはなかった。

争点となったのは、性行為が原告の意思に反したものだったかどうか、という点だ。

判決では、以下の状況などから「性行為が原告の意思に反して行われたものであることを裏付けるもの」と認めている。

  • タクシー降車時から入室までの状況から、伊藤さんが自らの意思に基づいて入室したとは認められない。
  • 早朝にホテルを出たのは、一刻も早く立ち去ろうとするための行動であったとみるのが自然である。
  • 同日に産婦人科を受診してアフターピルの処方を受けている。
  • 周囲に相談し、9日に警察に事実を申告して相談している。


一方で、東京地裁は、山口さんが供述した事実経過については「信用性には重大な疑念がある」とし、伊藤さんの供述は「相対的に信用性が高い」と判断した。

その上で、伊藤さんが合意しない性行為だったということを、以下のように認めた。

「被告が、酩酊状態にあって意識のない原告に対し、合意のないまま本件行為に及んだ事実、および原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえ付けて性行為を継続しようとした事実を認めることができる」

顔見知りからの被害を認定

この事件はもともと、検察審査会で「不起訴相当」と判断されていた。

山口さんは2015年8月、準強姦容疑(当時)で書類送検され、2016年7月に嫌疑不十分で不起訴となった。伊藤さんは検察審査会に不服申し立てをしたが、2017年9月、「不起訴相当」と判断された。このため同じ月、慰謝料など1100万円の損害賠償を求めて民事訴訟を起こした。

後藤教授は、刑事手続きでは不起訴だったり無罪判決が出たりした事件であっても、民事訴訟で覆ることは珍しくはない、としたうえで、このように話す。

「今回の判決は、顔見知り、かつ権力関係のある男性からの被害が損害賠償としてきちんと認められたという点でも評価できます」

こんな判例もある。

鹿児島県で2006年、当時18歳だった女性を強姦したとして、ゴルフ教室を経営する男性が準強姦罪で強制起訴された事件の刑事裁判で、最高裁は上告を棄却し、無罪判決が確定した。

一方、民事訴訟では、被害者の精神的苦痛に対して330万円を賠償するよう男性に命じる判決が出された。

「刑事裁判と民事訴訟では目的が異なります。刑事は社会の秩序の維持を重要な目的としており、民事は被害者の損害の回復が目的です。このため、夫婦間の性暴力のように、それが離婚の理由となったり慰謝料が請求できたりしたとしても、刑事裁判では罪に問いづらい事案があります」

「夫婦間だけでなく、顔見知りの大人同士の性的な事柄は、私的な関係性の中で起こったことであって刑事裁判をするほどのことではない、というのが残念ながら日本の実情ではないでしょうか。背景には司法の現場のジェンダーバイアスもあると考えます」

公表には「公益性がある」

また、伊藤さんが被害を公表したことについて、判決が「公共性」を認めたことも画期的だ、と後藤教授は話す。

山口さんは2019年2月、記者会見や著書などで伊藤さんに名誉を毀損され、社会的信用を失ったとして、慰謝料1億3000万円や、謝罪広告の掲載を求めて反訴していた。

その点について判決は、「性犯罪被害者を取り巻く法的または社会的状況を改善すべく、自らが体験した性的被害として本件行為を公表する行為には、公共性及び公益目的があると認められる」として、名誉毀損やプライバシー侵害による不法行為にはあたらない、とした。

後藤教授は、こう指摘する。

「公共性があり、公益の目的であれば、たとえ相手の社会的評価を低下させたとしても名誉毀損にはあたらないということですが、#Metoo の事件でこうした判断が明示されたのは、画期的といえます」

伊藤さんは実名で顔を出して記者会見し、2017年10月に出版した著書『Black Box』にも山口さんの実名を表記しており、双方が実名だ。ただ、性暴力の被害者が声をあげて連帯する #MeToo でも、こうした告発がされることはまれだ。

著名フォトジャーナリストや財務省元事務次官の性暴力に関する告発では被害者は匿名だった。被害者は実名で告発しても、加害者が匿名であることも多い。そもそも裁判に発展するケースが多くはない。

「被害者が勇気を出して、実名で事実を公表したことに意義があると裁判所が正当に認め、評価したのです」

「あなたは被害者」と初めて認められた

この判決によって、今後どのような影響があると考えられるのだろうか。後藤教授は、被害者、司法、メディアのそれぞれに対してインパクトがある判決だ、と話す。

「まず、被害者にとっては大きな希望になるでしょう。被害者が裁判をすることはすごく大変なんです。精神的も肉体的にもにショックを受けている中で、自分で証拠を集めないといけないし、不法行為であることの証明もしなければいけない。弁護士も頼まなければいけません」

「大変だけれども、裁判をしたら『あなたは悪くない』『あなたの言っていることは事実だよ』と認められたという前例は、泣き寝入りをするしかないと諦めている人たちの後押しになるでしょう」

そもそも被害者がそこまでを負担を抱えなくて済むよう、検察が適切な対応をすべき、と後藤教授。そのための布石にもなるのでは、と語る。

「刑事で不起訴であっても、民事の判断は違うことがあるということが一般的に知られることによって、こういったケースで検察が起訴を検討する方向に向かう可能性はゼロではないと考えます」

2017年5月、不起訴を受けて検察審査会に不服申し立てをしたときの伊藤さんの記者会見は、ほとんどのメディアで報じられなかった。

「起訴されていないというだけで、メディアは一律に報道に慎重になる傾向があります。たとえ刑事では起訴されなくても、民事では違法性が認められ、重大な損害を与えたという事実が認定されたということは、一律な報道姿勢に検討の余地を与えるのではないかと期待します」

そして最後に、伊藤さん自身への影響がもっとも大きい、と付け加えた。

「被害者であるということを、彼女はこれまで認めてもらえませんでした。被害者が回復する第一歩は、被害者であることを社会的に承認されるということ。やっと彼女は、社会から『あなたは被害者だよ』と認められたのです」

山口さんは判決直後の記者会見で、判決を不服とし、控訴する意向を明らかにしている。