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【会社に行きたくないあなたへ】死ぬまで頑張らなくていい。産業医が語る「あの政策」の裏側

有名大学を出て大手企業に就職し、管理職候補として期待される女性たちが、泣きながら働いている。「できないというのはイヤだった。できるかもしれない、と思いたかった」

ひとり自宅にこもり、会社にあてて、遺書を書いた。

「会社は何も悪くありません」

大手マスコミに勤めるAさん(25)は当時の心境を、こう振り返る。

「自分は正しいのに会社が悪いと思っていたら、転職できるはずなんです。でも、逆の気持ちでした。他の人ならきっとうまくやるのに、私に欠陥があってダメになったんだから、こんな私はどの会社に行ってもダメだ。そう思っていました」

こんなはずじゃなかった

私立の中高一貫校から、有名私立大学に進学。高校の時からの夢だったメディアの仕事に就くことができた。入社前から人脈を広げ、さまざまなツールを使えるように訓練し、努力してきたつもりだった。

「おこがましいのですが、入社した時、同期の中では一番、私が仕事できるはずだ!と思っていました。それが......」

配属された部署では、それらの努力や能力は「価値がない」「生意気」と見なされた。時代遅れのアナログ文化。PCで作った資料は、手書きで作り直しさせられた。

眠らないよう「瞑想」する

午前9時から日付が変わるまで働くのが当たり前。撮影がある日は、午前2時にいったん帰宅してシャワーを浴びると、眠りこんでしまわないように「瞑想」だけし、午前4時に自宅を出て撮影に向かう。その足で午前9時に会社に直行した。

「新人は苦労してなんぼ、という考え方がはびこっていました。雑用も多く、上司の飲み物の好みを覚えたり、安くておいしい弁当を手配したりすることだけはうまくなりました」

マイペースそうだった同期の男性がうまくやっていたり、ベンチャーに就職した同級生がさっそく責任ある仕事を任せられたりしているのを見ると、焦りが募った。

「私だけが活躍できていない」

朝、起きられなくなった。疲れるとすぐ頭痛がした。それでも、休めなかった。休みたくなかった。だって、みんなはつぶれていないから。

会社案内に載せる「社員から就活生へのメッセージ」を書いていたとき、手が止まって一文字も書けなくなった。入りたくてたまらなかった会社なのに、人に薦めることができない。泣きながら人事部に電話し、初めて休職について相談した。「突然、会社に行けなくなると周りに迷惑をかけてしまうと申し訳ない」と思っていた。

「親には言えませんでした。中学受験でそこそこいいところに行かせてもらったから、『いい大学、いい会社に入ったうちの子ってエリート、私の子育ては間違っていなかった』ってきっと思ってる。私がこけると、親は自分の人生を否定してしまうなって」

Aさんは悩んでいたとき、あるTwitterの投稿を自分と重ねて見ていた。仕事の負荷や長時間労働、上司の心ない発言が綴られていた。

2015年12月に過労自殺をした高橋まつりさん(当時24歳)の投稿だった。高橋さんは東京大学卒、大手広告代理店・電通に入社して1年目だった。

立ち止まったことがない

メーカーの営業職だったころ適応障害で休職した経験がある別の女性Bさん(28)は言う。

「休職して、人生で初めて立ち止まることができたと思えたんです。中学受験からずっと勉強をしてきて、一度も休んだ感覚がなかったから」

「当時は、本気で仕事をするなら恋愛なんてしていられない、と彼氏をつくることさえ自分に禁じていました。そしてプツッと糸が切れたようになりました」

有名大学を卒業し、大手企業に就職して、管理職候補として有望視される、いわゆる「ハイスペック」な女性たちがなぜ、これほどまでに追い詰められてしまうのか。

健康に働けている?

女性活躍推進法により、2020年までに女性管理職の割合を3割以上にすることを目標に、企業は女性の登用を進めている。進学でも就職でも、そして昇進でも、女性は男性と同じように機会をもてるようになった。

ところがーー。

摂食障害、不安障害(パニック障害)、不眠症、適応障害、自律神経失調症、うつ病、更年期障害......仕事をするうえで、心身のさまざまな不調に悩む女性たちがいる。

外資系企業など20社以上で産業医の経験がある「ドクターズヘルスケア産業医事務所」代表の矢島新子さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう話す。

「女性活躍を進めるのであれば、健康的な就労を同時に進める必要があります」

ハイスペック女子がつぶれる

矢島さんは著書『ハイスペック女子の憂鬱』で、こうした女性たちが抱えるストレスの要因を分析している。

それによると、「キャリア志向」「強い競争心」「高いプライド」「近寄りがたさ(モテないイメージ)」といったハイスペック女子の傾向が、ストレスにつながりやすいという。

男性と同等に仕事で活躍したい、同期に遅れを取りたくない、と過酷な仕事をこなそうとする。責任感が強く他人の仕事までやろうとし、貢献を認めてもらえないと苛立つ。キャリアの挫折を許さないプライドが、休職や転職をしづらくする。

そうした要因に加わったのが、昨今の女性活躍の流れだ。矢島さんはこんなケースを見た。

突然、課長に抜擢された30代の女性Cさんがいた。

男性はさまざまな部署を転々として経験を積んできた会社だが、女性は同じ総合職でも内勤の補佐的業務ばかり。ところが、ここにきて女性活躍の流れで、Cさんを管理職に登用することになったのだ。

部下に物を投げる

しかし、Cさんは管理職志向もなければ、マネジメントスキルもない。そのように育てられてこなかったからだ。苛立ち、理不尽に部下を叱ったり物を投げたりする。

まず、Cさんの部下である20代の女性が、ストレスチェックの後に産業医である矢島さんに相談にきた。直接、叱られたわけではないが、Cさんの金切り声が耳に焼き付いて眠れなくなったという。

次にやってきたのは、Cさんの上司にあたる男性管理職。「女性が女性にパワハラするとは思わなかった」というのだった。Cさんを異動させたり部下の女性を休職させたりすることで問題を解決しようとしていた。

「女同士の争いに矮小化し、結局、女は使えない、と。ですが、問題行動が起きる背景には、身体的な状態、心理的な状態、社会環境の状態といった、さまざまな要因があるのです」

突然、管理職になったことのプレッシャー、能力を超える業務負担、過重労働や長時間労働、周りから「ゲタをはかされた」と思われるのではという不安、同僚との人間関係......。

「医者は職場の環境を変えることはできませんから、薬を処方するしかない。それでは根本的な問題解決や治療にはなりません。いきなり登用する場合、仕事の内容や量が適正かどうかなど、もっと職場でコミュニケーションすべきです」

症状とどう付き合うか

また矢島さんは、本人も周りも、女性が直面しそうな問題を理解しておくことが必要だという。例えば、20代は摂食障害や不安障害、30代は不妊に悩む人もおり、子どもが生まれたら産後うつや復職の不安、やりがいのある仕事を与えられない「マミートラック」など。そして40代からは更年期だ。

自律神経失調症、ホルモンバランスの崩れ、頭痛、低気圧による体調不良など、不定愁訴が多いのも女性の特徴だ。男性からは「やる気がない人」とみなされやすい。

「こうした症状の中には、薬や漢方を飲んだり生活リズムを工夫したりと、管理できるものもあります。でなければ、いかに症状と付き合うか。仕事が忙しいと不調を無視する人が多いですが、まずは自身の体調の傾向を認識してほしい」

特に月経前症候群(PMS)は、ピルを飲むことで楽になることもあるし、月経周期や症状の傾向がわかれば「感情的になりやすいのでクレーム対応には気をつける」などと言動に注意を払ったり、大事な仕事をその時期にぶつけないようにしたりすることもできる。

「生理的な問題だからあなたが悪いわけじゃない。でも、損しないように自分の中でルールを作るといいと思います」

死ぬよりはいい

入社1年目で会社をやめるわけにはいかない。せっかく管理職になったのに降りるわけにはいかない。こうした「頑張り屋」の思考こそ危険だと、矢島さんは言う。

「仕事に魂をかけて頑張っている本当にキツい時ほど、やめるという道が見えなくなってしまいます。この命がけのレールから外れたら自分は終わりだという発想になってしまうんですね。でも、死んでまでやるべき仕事なんてないわけで、やめればいいだけの話じゃないですか。世の中にはいろいろ仕事はあるんですから」

矢島さんのカウンセリングを受けた女性で、転職した人は多くいる。いったん休んで自分自身と向き合い「やっぱりこの会社にいるほうがいい」と思い直す人もいる。

「調子が悪いときに他の会社に行って、面接で自分で一番大きく見せようとするのも、それはそれで大変です。たとえ元の職場に戻ったとしても、他の選択肢があることに気づけるのは大きいです。キャリアは一直線ではないし、止まったり後戻りしたりもできるんですから」

うつ病で休職したAさんは復職し、今は別の部署で働いている。得意な分野が生かせるようになり、同僚の理解もある。

まだ薬は飲んでおり、朝なかなか起きられないこともある。無理をすると体調不良が長引くが、早めに休むと回復が早いこともわかってきた。

最近ようやく、こう思えるようになってきた。

「完璧な人生を目指さなくてもいいんじゃない?」