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被害を訴えたときに、立ちふさがる時効の壁。デイズジャパンでの性被害、「消耗した」と語る女性たち

フォトジャーナリストの広河隆一氏による性暴力やパワーハラスメントをめぐり、デイズジャパンに損害賠償を請求していた被害者の1人は、民法上の時効を理由に慰謝料などが支払われなかった。

フォトジャーナリストの広河隆一氏から性暴力やパワーハラスメントを受けたとして、広河氏が代表をつとめていた株式会社デイズジャパン(2020年3月に破産)に損害賠償を請求していた1人に、民法上の時効を理由に慰謝料などの支払いが認められなかったことが、関係者の話でわかった。

同時期に損害賠償を請求し、慰謝料などが支払われた2人の思いは、こちらの記事で掲載している。

広河氏による性暴力やパワハラをめぐっては、検証委員会の調査によって少なくとも17件の「深刻な被害」が明らかになったが、広河氏は「合意があった」「覚えていない」などと主張している。

請求が退けられた女性Bさんは、時効についてやるせない思いを語る。

「大学生のときに性行為を強いられ、あれは被害だったんだと確証を持てたのは10年も過ぎてからでした。時効という考え方が、性被害の実態に合っているのかということを問いたいです」

心と体がフリーズした感覚

Bさんは大学生だった頃、DAYS編集部でアルバイトをしていた。「写真の指導をする」として広河氏に呼び出されたのが、シティホテルの一室。性行為を強要され、裸の写真を撮影されたという。

フォトジャーナリストになることを夢見ていたBさんにとって、広河氏は「雲の上の上のすごい人で、神様のようなイメージ」だった。

しかし、ささいなことで激昂し、理不尽にスタッフを怒鳴ったり罵倒したりする姿を何度も見ていたため、Bさんはそのとき「心と体がフリーズしたような感覚」になり、動けなくなってしまったと振り返る。

「刺激をしないように息をひそめ、嵐が過ぎ去るまでやり過ごすしかないというのがわかってきた頃でした。裸の写真を撮られてしまったことも怖くて、編集部を離れた後も、声をあげることはできませんでした」

私には請求する権利がある

2017年、ジャーナリストの伊藤詩織さんやモデルのKaoRiさんが、指導的な立場の男性からの性被害を告発した。Bさんは、広河氏から性行為を強要されていたという別の女性と連絡を取り、自らの被害を明らかにすることを決めた。

取材に答え、外部有識者からなる検証委員会の調査にも協力した。だが、出来事を思い出すたび、フラッシュバックに襲われるという新たな苦しみも生まれた。

検証委員会は2019年12月、Bさんを含む17件を「深刻な被害」とし、デイズ社に賠償責任があると言及した報告書をまとめた。同社はそれを受けて「プライバシーに配慮した上で、当社として誠実に対応してまいります」とサイト上に記し、「被害に遭われた方々への相談窓口」を設置した。

「報告書を読み、私には損害賠償などを求めていく権利があるのか、ということに、はたと気づいたんです。ハラスメントを社会の問題としてとらえるためには次につながる一歩を踏み出すことが必要だと思い、請求に踏み切りました」

慰謝料など400万円を、被害者のプライバシーを守ることを条件に、代理人を通してデイズ社に請求した。

デイズ社は2020年3月、東京地裁に破産を申し立てた。同社はサイト上で「ハラスメント被害に遭われた複数の方から、当社の残余財産を上回る金額の損害賠償請求がありました」「限られた財産を被害者に公平に分配するには、裁判所による破産手続きに委ねることが最良であると判断しました」と説明していた。

しかし、Bさんの請求は認められなかった。

被害は瞬間的なものではない

Bさんの代理人の在間文康弁護士によると、Bさんは、雇用契約上の安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求していた。

これは、広河氏のハラスメント行為を防ぐ措置をしなかったとしてデイズ社の責任を問うものだが、民法上の時効は10年となっている(2020年4月から5年に変更)。

Bさんがデイズ社で働いていたのは10年以上前。受けた行為を被害だと認識し、声をあげたのは2018年のことだ。それまでは誰にも言えず、一人で抱え込んでいた。

「10年以上たってようやく『自分に落ち度があったわけではなかった。不当なことをされたのだから自分を責めなくていいんだ』と思えるようになったんです」

しかも「被害は瞬間的なものにとどまらず、ずっと続いていた」とBさんは訴える。

「仕事でもプライベートでも、自分はダメな人間なんじゃないかという思いが消えなくて。デイズを離れてからも、過度に人の顔色をうかがってしまう時期が長く続きました。まるで昨日のことのようにさかのぼって人の心をえぐり取っていくところに、性暴力やハラスメントの罪深さがあります」

「報告書では何らかの措置をせよと結論づけられており、機械的に時効が適用されるわけではないのでは、と期待していた面もあったので、ただただ残念です」

破産管財人は、破産会社の残余財産を債権者に分配する。損害賠償請求もその手続きに沿って配当が決められるため、裁判のようなオープンな手続きではない。

法人破産に詳しいある弁護士は「残余財産の分配には公平性が求められるため、時効という法的な根拠による線引きには仕方のない面もある」と話す。

のしかかる二次被害

「私は時効でしたが、2人には損害賠償が支払われたということで、よかったです」とBさん。ただ、割り切れない思いも残る。

「結局、私たちが請求したのは会社側なので、広河氏にとっては何ら痛みのないまま終わるんです。もし広河氏を相手に裁判を起こしたところで、やはり時効だからと退けられてしまうでしょうし、訴えた側の実名が出てしまわないか心配です。私は写真を撮られているので、それがとても怖いんです」

公益社団法人被害者支援都民センターで被害者の心理的ケアに携わる臨床心理士の齋藤梓さんは、性被害の補償のプロセスが複雑な背景をこう説明する。

「権力関係のもとで被害を受けた人たちは自分を責めるようになり、被害を人に伝えにくいという側面があります。被害を忘れてしまいたい人や、被害だと認識できない人、被害だと思いたくない人もいます。警察に届け出ることは難しく、ましてや告発したり裁判をしたりすることには、とても勇気のいることです」

広河氏は、雑誌『創』の2019年4月号に寄せた手記で、女性たちの同意があったと捉えていたとしていた。検証委員会の面談調査にも「事実認識があいまいなまま謝罪することは無責任だ」と繰り返したという。検証委員会は、「こうした主張は被害者たちを重ねて傷つける、いわゆる二次被害になることは明らかである」としている。

「加害者の言い分がどうであれ、関係性が上の人の要請を下の人は断りにくいという客観的な視点で、性暴力やハラスメントの被害をとらえていく必要があります」(齋藤さん)

もう関わりたくない

検証委員会の調査には協力したが、損害賠償を請求しなかった人もいる。元アルバイトのCさんは、BuzzFeed Japanの取材にこのように話す。

「デイズと関わるだけで消耗しそうだと感じたのが、請求しなかった一番の理由です。被害は自分の記憶の中にはありますが証拠もなく、手続きの過程で疑われたり確認されたりするのも嫌でした」

「デイズが窓口になっていたこと自体、関わりたくない人にはハードルなので、おかしいと思います。中立的な機関が窓口となるべきではないでしょうか」

Cさんも当時は大学生で、すでに民法上の時効を迎えている。当時、ハラスメントについての認知度は社会的にもまだ低く、Cさんも「大学生のアルバイトである自分が当事者になるといった発想はありませんでした」という。

「それが今になって時効と言われたら、二重に苦しいです。性暴力に関しては、時効について柔軟な運用がなされるべきだと思います」

私たちに尊厳はあったのでしょうか

請求していた金額の一部が支払われたAさんは、こう語る。

「私が男だったら、被害に遭わず、真っ当にひとりの人間として評価を受け、まじめに仕事をし、フォトジャーナリズムを学べていたのかもしれない。健康や精神を害することはなかったのかもしれない。夢を諦めないで済んだかもしれない。何度も何度も悔しさを噛み締めてきました。悔しさという言葉では表現しきれません」

「恋愛だと勘違いされていたようですが、私たちに選択肢はなかったことをどこまでも理解していない想像力のなさに絶望します。『DAYS JAPAN』は『人間の尊厳』を謳っていた雑誌でしたが、働いていた私たちに尊厳はあったのでしょうか。広河氏は『人間の尊厳』を声高に主張する人物でしたが、私たちを人として尊重したことはあったのでしょうか」

被害を訴えている人たちの絶望は、広河氏本人に対するものだけではない。ハラスメントを黙認してきた会社、個人の訴えより大義が優先される社会、声をあげる人が二次被害にさらされる環境ーー。起きてしまった性暴力やハラスメントに、声をあげたとしてもこのような終わり方しかないのか、と問いかける。

破産したデイズジャパン社のサイトはすでに削除されており、検証委員会の報告書も同社サイトからは読めなくなっている。