子どもが外したマスクどうする? 感染対策を徹底する保育園で、もっとも大切なこと

    消毒、換気、手洗いに検温......感染対策でやるべきことが増えた一方、プールや行事などやれないこともある。保育の現場はどうなっているのか。

    子どもたちが集団で長時間を過ごす保育園。乳幼児や保育士との接触が絶えず、仕事で多くの人と会話している保護者の立ち入りもある。

    新型コロナウイルスの感染対策をどのように実施しているのか。

    感染症が流行らない夏

    「保育施設でクラスター、マスク着けない子どもも」

    東京都内の認可保育園に勤めるある保育士は、こんなニュースが流れるたび、ドキリとする。

    「絶対にうちの園から感染者を出してはいけない」

    もともと感染症対策は念入りにしていたが、コロナ感染予防のためにさらに徹底した。水拭きしていたテーブルは、消毒液で拭くようになった。

    ブロックなど丸洗いできるおもちゃは1クラスが使うたびに消毒液につけ、洗えないおもちゃは一つずつスプレーで消毒液を拭きかけ、拭いて乾かすことを繰り返す。布のおもちゃも頻繁に洗濯する。消毒の回数は1クラスで1日10回以上に及ぶ。

    徹底した感染対策の甲斐あってなのか、手足口病や水ぼうそうなど、コロナ以外の感染症も「そういえば、流行ってないね」という声が保育士たちから聞こえてくる。

    外したマスクの管理まで

    だが、園児にマスクをつけさせるのは現実的ではないと感じている。

    「そもそもきちんとつけられない子や、つけたがらない子が多いうえに、窒息や熱中症のリスクもあります。職員ですら暑い日は意識が朦朧としそうになるほどなので、園内では基本的に子どもは外してもらっています」

    米国疾病予防管理センター(CDC)は、自力でマスクを外せない2歳未満の子どもは窒息の恐れがあるため、マスクを使用しないよう注意喚起している。日本小児科学会もこれに準じ、「乳幼児のマスク着用には危険があります。特に2歳未満の子どもでは、気をつけましょう」と呼びかけている。

    ただ、保護者の方針はさまざまで、登園時につけてくる子や、園内でもつけさせたいという要望もある。すると新たに発生するのが「外したマスク問題」だ。

    「たまに記名のない着替えがほかの子どもの荷物に紛れ込むことが起きてしまうのですが、マスクが紛れ込むと大問題になります。かわいらしいマスクを手作りされている家庭もあり、紛失すればクレームにもつながりかねません」

    子どもがマスクを外したらすぐに登園バッグに入れさせるといった細かいことにまで目を配らなければならなくなったという。

    全国で保育園での感染やクラスターが相次いで報じられ、「明日は我が身」と危機感を募らせている保育関係者たち。子どもの感染を予防すると同時に、保護者からクレームがこないようにするためにも、細かい配慮に心を削られる毎日が続いているのだ。

    抱っこの後の着替えを推奨

    そもそも、乳幼児期の愛着形成のうえでは、スキンシップは避けられない。ソーシャルディスタンスが現実的でないのも、保育園の特徴だ。

    全国保育園保健師看護師連絡会が5月に公開した「保育現場のための新型コロナウイルス感染症対応ガイドブック」によると、抱っこについては「子どもを落ち着かせ、安心感を与えたりするために保育所では必要な援助」とし、抱っこ後のこまめな着替えや消毒を勧めている。

    それぞれの園では、給食のときに円卓に座る子どもの人数を減らしたり、お昼寝のときの間隔をあけたりと、少しでも密を避けるために独自の工夫をしている。こまめな手洗いや検温のほか、オムツ交換にも細心の注意が必要だ。

    特に、多くの園でコロナ前と大きく変わったのが、園児の受け入れ、引き渡しの対応だ。

    園の構造や方針にもよるが、もともとは保護者が保育室に入ってロッカーに着替えをセットしたり、子どもの体調について保育者と話をしたりしていた園でも、コロナ禍では保護者の入室を制限しているところが少なくない。

    園庭まで、玄関まで、など立ち入りができる範囲や人数が決められ、お迎え後はすぐに帰宅することが求められている。

    <園児の受け入れ、引き渡しは玄関で、玄関に入れる保護者は2人まで。お迎えの際には必要事項のみ口頭で伝える>

    こんな対応をとっている都内の認可保育園で働く保育士は、こう話す。

    「お迎えがくるたびに職員1人が保育室から出て玄関で対応することになるので、スタッフが足りないときはバタバタになってしまいます。保護者とわずかしか話せないため、日頃の子どもたちの様子が伝わりづらい状況になっていると感じます」

    こうした現場の戸惑いや悩みについて、「子ども主体の保育を実践してきた保育園や保育士ほど、コロナ禍でジレンマに直面しています」と話すのは、保育に詳しいジャーナリストで、幼稚園・保育園の副園長でもある猪熊弘子さんだ。

    感染対策か「保育の質」か

    「おもちゃをこまめに消毒しなければならないので、常に子どもの横にいて、『こっちの消毒済みのおもちゃだけにしようね』と制限をかけることになります。本来なら『好きなおもちゃで遊んでいいよ』と言いたいのに、それができなくなってしまうのです」

    2018年に10年ぶりに改定された厚生労働省の「保育所保育指針」は、幼児期に育みたい子どもの能力や資質を明確化し、子どもが主体的に遊んだり学んだりできるようにする保育のあり方が示されている。

    「新しい保育指針に沿った保育を取り入れている園では、子どもが主体的に遊ぶことを推進しようとしていたのに、後戻りせざるを得ない場面が出てきます。保育の質が、感染対策と引き換えになるというジレンマです」

    多くの園では感染予防のため、大きな声を出したり一斉に歌ったりする活動を控えている。夏のプール活動を中止したり、保育者の目が行き届かなくなることを恐れ、園外への散歩がしばらく中止になったりしたという園もある。

    保育室の中で、できるだけ騒がないように、決められたおもちゃで遊ぶような生活が、一時的ならまだしも長期間にわたって続いている。

    保育園最後の行事がなくなった

    保護者とのコミュニケーションに悩んでいるという前出の保育士は、こうも語る。

    「いま年長クラスの担任をしているのですが、行事がなくなってしまったので、子どもたちの残念そうな表情を見ると心苦しいです。子どもたちのモチベーションをどのように上げたらいいのか悩みます」

    行事は、本番だけが大事だと思っているわけではない。集団生活を通して、出し物や製作のアイデアを出し合ったり、助け合ったり、問題解決したりする過程で、子どもたちは成長していく。年長クラスでは、そうした経験が小学校の入学に向けたステップにもなっていた。

    ただ、同時にこのようにも付け加える。

    「できなくなったことも多いですが、保育を見直す機会にもなったのではないかと思いました。子どもたちが楽しめるためにどうしたらよいのかを考えることが、今まで以上に増えました」

    「我慢させてしまっている部分がたくさんあると思うので、そのぶん、いろいろなことにチャレンジしたり、子どもたちがやりたいと言ったことはできる限りやるようにしたり工夫しています」

    猪熊さんも、決して負の側面ばかりではないと話す。

    「運動会、学芸会といった行事は、成果主義になりがちですが、親の期待感が高いため、指針の改定も無視してひたすら前例を踏襲してきた園も少なくありません。行事の意義や目的を見直す機会になるのではないでしょうか」

    「コロナだからできないといってネガティブにとらえるのではなく、子どもの主体性を大切にするために、やるべきこととやらなくてもよいことを仕分けするという発想が求められています」

    コロナで進んだIT化

    「新しい生活様式だからといって保育の本質を変えることはできませんが、保育を取り巻く環境は、時代に合わせてどんどん新しくしていっていいと思います」と猪熊さんは言う。

    なかなかIT化が進みづらいとされていた保育現場でも、コロナによる変化があった。公開保育や外部研修がオンライン化され、多くの保育士が受講しやすくなった。仕事で忙しい保護者とのコミュニケーションは、ITを活用することによってスムーズになった面もあった。

    緊急事態宣言下でも、医療に従事している人や社会機能を維持するために働いていた人たち、仕事を休めないひとり親のために、多くの保育園は門を開け続けていた。

    そこは、子どもを安全に預かるだけの場所ではなく、人と関わりながら子どもが育つ場所だ。

    感染対策をしたうえで、子ども主体の居場所をつくるためにどうすればよいか、多くの保育者たちが模索を続けている。