こんなにある改姓の不便 夫婦別姓を選べるよう、国を提訴

    サイボウズの青野慶久社長ら「旧姓を使う法律上の根拠を」

    結婚しても戸籍法上の姓を変えないことを選べる「選択的夫婦別姓」を求め、東証一部上場のソフトウェア会社サイボウズの青野慶久社長(46)らが1月9日、東京地裁に提訴した。

    提訴は春の予定だったが、1月9日付で史上6人目の女性最高裁判事に就任した宮崎裕子氏が初めて最高裁で旧姓を名乗ることもあって、前倒しした。原告代理人の作花知志弁護士は「旧姓使用の苦労を知っている判事の在任中に、最高裁までたどりつきたい」と意気込む。

    2015年12月、最高裁大法廷の判決は民法の夫婦同姓の規定を合憲としたが、女性判事3人を含む5人が「夫婦同姓は違憲」とする反対意見を述べていた。

    原告4人は、改姓に伴う精神的苦痛を受けたとして、計220万円の損害賠償を国に求めている。原告は青野さんの他に、旧姓を使い続けたいと希望しているが結婚により改姓せざるをえなかった関東の20代女性、旧姓を使い続けたいと希望しているため事実婚にせざるをえないという東京の20代カップルの3人。

    「旧姓に法的な根拠を」

    青野さんは2001年に結婚したとき、妻の希望に応じて妻の姓を選んだ。「青野」は結婚前の旧姓で、戸籍上の姓は「西端」だ。

    提訴することが明らかになってから、青野さんは積極的にメディアのインタビュー(「選べることでは誰も困らない」。夫婦別姓の訴訟で本当に訴えたいこととは)に答えたり、自身のブログやSNSで発信したりしてきた。

    1月4日にはインターネット署名サイトChange.orgで署名キャンペーン「夫婦同姓・別姓を選べるようにするため、私たちの訴訟を応援してください!」をはじめ、9日正午時点で1万7000人超が賛同している。

    東京地裁に訴状を提出したあと、記者会見を開いた青野さんは、「私の旧姓、いま困っている人たちの旧姓に、法的な根拠を与えてください。そうすることで、たくさんの人が救われるはず」と述べた。

    どんな訴えなのか

    作花弁護士によると、2015年の最高裁は、結婚するときに夫婦どちらかの「民法上の姓」を選ぶ民法750条を合憲としたが、「戸籍法上の姓」についてはこれまで専門家の間でも注目されていなかった。今回の提訴では民法上の姓の変更についてはこれまで通りで、旧姓を名乗り続けるための戸籍法上の根拠を求めている。

    「民法と戸籍法は表裏の関係であり、民法で姓が変わったら戸籍法上でケアする規定をきちんと設けている。日本人同士の離婚や、日本人と外国人の結婚、離婚では戸籍法上のケアがあるのに、日本人同士の結婚の場合には民法750条で姓を変える義務があるにもかかわらず、戸籍法上のケアができていない」

    また作花弁護士は、職場などで旧姓の通称使用が広がっている点について、「あくまで小さなソサイエティでのルールにすぎない」と解説する。公務員や裁判官などが公文書を通称で作ることを認める通達があったが、「法律上の根拠がない名前で作った文書で誰かに不利益が生じた場合、適法だと言い切れるのか」と指摘する。

    「日本人同士の結婚で旧姓を通称使用している人だけが、ものすごく不安定な立場にある。いったい自分はどこまで旧姓で書面を作っていいのかわからない。旧姓を社会生活上も使いたい人のために、戸籍法上の規定を4分の1の人にだけ適用しない合理的な理由はないと考えます」

    どんな不利益があるのか

    内容を追加し、コメントに返答しました。「改姓の大変さがわからん」と言われたら、このページをご紹介ください。言わせているのは私たちの発信力が低いからです。世論形成の道はまだまだ遠いです。/【選択的夫婦別姓】改姓に伴う不都合あるある… https://t.co/xAPbupmsjR

    改姓に伴う不利益が知られていないーーそう感じた青野さんは、Twitterのハッシュタグ #改姓あるある をまとめている。

    改姓や、通称使用に伴う使い分けにはどれほどの手間と負担、精神的苦痛があると訴えているのか。訴状などからまとめた。

    結婚後の手続き

    結婚で戸籍法上の姓を変えると、さまざまな事務手続きが必要になり、時間、手間、経済的、精神的な負担が大きい。

    ・銀行口座、クレジットカード、パスポート、免許証、健康保険証、マイレージカード(旧姓から婚姻後の姓に変えないとマイレージがつかない)、病院の診察券などを旧姓から婚姻後の姓に変更。

    ・婚姻後の姓の印鑑の作成。

    ・旧姓で作った銀行口座を解約するのに戸籍謄本が必要。

    戸籍姓と通称の使い分け

    旧姓を通称として使い続けることができても、戸籍法上の姓を使わなければならない場面もあるため、使い分けの不便が生じる。

    ・公式書類は戸籍法上の姓(結婚後の姓)を使う必要がある。それぞれの書類について、姓についてのルールを確認しながら書かなければならない。

    ・仕事上は旧姓を通称として使用していても、マイレージカードやパスポートに合わせて飛行機やホテルの予約は結婚後の姓で取らないといけない。また、他人に予約を取ってもらうときは事前に説明が必要。もし海外出張で通称で予約を取ってしまうと,ホテルのフロントで確認に伴うトラブルが発生することが多い。

    ・通称としての旧姓を使用すると、飛行機でマイレージがつかないなどの不利益が生じる。

    ・子どもの父母会などでは結婚後の姓を使うが、仕事で関係のある人からは通称としての旧姓で呼ばれることもあり、周囲が混乱する。

    ・結婚式の案内状や年賀状を通称としての旧姓と結婚後の姓のどちらで出すか、周囲も自分も気を遣う。

    ・病院では婚姻後の姓で呼ばれ、違和感を感じる。

    通称の限界

    青野さんには、社長の立場だからこその不利益もあった。仕事では旧姓の「青野」を通称として使い続けてきたが、2015年まで、東証の指導でIR関係では戸籍上の姓である「西端」を使用せざるをえなかったからだ。

    訴状では「知名度や信頼度を築いてきた通称の『青野』は、知的財産と言える。その利用を制限することは効率的な経済活動を阻害し、個人の財産権を制限する」としている。

    ・会社の登記を結婚後の姓に変更した。

    ・決算短信などの公式文書はすべて「西端」で書いていた。

    ・株主総会の案内を見た株主が「西端って誰だ?」と混乱することがあった。「本日、議長を務めさせていただく西端です。普段は通称の青野で業務をしていますが、これは旧姓で、同一人物です」などと説明していた。

    ・旧姓を通称使用していることを知らない投資家から「サイボウズは社長が株式をまったく持っていない」と今でも誤解されることがある。

    2015年に最高裁大法廷は「改姓する不利益は、通称使用の広がりで緩和される」と指摘したが、2016年10月、職場で旧姓の通称使用を認めないのは人格権侵害だとする女性教員の訴えを、東京地裁が棄却。「職場で戸籍姓の使用を求めることには合理性や必要性がある」という理由だった。

    裁判所で、判決や決定などの裁判関係文書で裁判官らが旧姓を使うことが認められたのは2017年9月。それまでは内部文書しか認めていなかった。職場の対応には温度差がある。論文で通称使用が認められず、結婚前の研究を同一人物のものとして認識されなかったという研究者もいる。

    姓への愛着

    原告の女性は、結婚によって名前というアイデンティティを失ったことに絶望している。

    事実婚の不利益

    結婚するには夫婦どちらかの姓を選ばなければならないため、姓を変えたくない場合は、法律上の結婚ではなく「事実婚」とせざるを得ない。原告のカップルは事実婚によるさまざまな不利益を実感している。

    ・共同名義の不動産を購入しようとしたが、希望していた銀行ではペアローンが組めなかった。

    ・クレジットカードの「家族カード」を作れるカード会社が限られていた。

    ・職場の福利厚生による結婚の祝い金や結婚休暇は、事実婚は対象外。

    ・いずれかが入院した場合、病院で配偶者として認めてもらえない可能性がある。

    ・税法上の扶養家族になれず,配偶者控除,相続税非課税枠などの配偶者としての税法上の優遇制度の適用がない。

    ・携帯電話会社の家族割引を受けられない。

    ・個人年金保険や生命保険の受取人に互いになれない。

    ・互いに遺言がなければ相続できない。

    ・両親が事実婚を不安がっている。

    ・周囲に正式な配偶者として認めてもらえない可能性がある。

    ・将来、どちらかが海外勤務となった場合、夫婦関係を証明する書類を発行してもらえず、帯同ビザで渡航できない可能性がある。

    ・将来、生まれてくる子どもは非嫡出子となる。

    ・子どもは父親の認知がなければ父子関係は生じない。親権者は母親となり、父親が認知した場合でも原則として親権者になることができず、共同親権とすることもできない。

    ・父親の認知がされた場合でも、子どもは母親の姓を名乗ることになる。

    「日本の損失になっている」

    旧姓を「通称」ではなく「戸籍上の姓」として日常生活で使うことを認めてほしい。煩雑な名義変更手続きや使い分けの混乱をなくしてほしい。夫婦別姓が選択できるようになるといい。

    青野さんは、最高裁判決後、夫婦別姓についての情報や過去の活動をさらに関心をもって調べたといい、こう話した。

    「夫婦別姓が選べないことによって数十年間、悔しい思いや苦しい思いをしてきた人がいる。その積み上げられた思いが今回の訴訟につながった。不利益は男女かかわらず起きていて、名前が変わることによる精神的ストレスだけではなく、経済合理性から見ても日本の損失になっている」

    UPDATE

    当初、青野さんの仕事上の不利益について「所有していた株式の名義を結婚後の姓に変更し、費用が発生した」との記述がありましたが、2019年2月9日、青野さんが「改姓が直接的な原因ではなかった」と発言を修正したため、該当部分を削除しました。


    BuzzFeed JapanNews