中国の武漢市で発生している新種のコロナウイルスによる肺炎。

1月16日には、国内で初めての発生があったとの発表がありました。
日本で診断されたのは、武漢から帰国した男性で、すでに軽快して退院となっています。
また、中国の現地で重症となっていた患者から2人目の死亡者がでています。にわかに様々なニュースで取り上げられるようになっている中、不安に思っている方も増えているはずです。
ここでは、現時点での情報をまとめながら、今の段階での考え方について解説したいと思います。
【現在の状況は?】
今回の新たな感染症の流行は、中国の武漢市で発生しました。
当初は原因不明の肺炎として報告され、その後に新種のコロナウイルスが原因と発表されています。発症者の中には、武漢市内の市場を利用した人が多いとの情報がありますが、原因となった動物や鳥などは特定されていません。
1月17日の時点で、現地では41人が発症したと診断されており、そのうち2人が死亡しています。さらに、発生地からの渡航者から、タイで1人、そして新たに日本国内で1人が診断されました。
【検疫すり抜けの問題】
今回の国内での発生に関する発表では、日本に来るときに解熱剤を使っていたため、検疫をすり抜けたとのことでした。

もちろん、熱があるときには、そのことを検疫で申告するのがすすめられます。検疫がしっかりとした対応をしていることは、国民への安心感につながるかもしれません。
ただし、検疫を水際対策として過剰に期待することができないということも知っておきましょう。それは、感染症には潜伏期間というものがあるからです。
今回の肺炎の潜伏期間ははっきりしていませんが、現時点では2週間以内と考えられています。解熱剤を使わなくても、検疫でみつからずに入ってくる感染症は、ごく普通に起こるのが前提なのです。
【「濃厚接触」という言葉と感染力の話題】
また、今回の国内発生例が「濃厚接触」であったとの報告から、この「濃厚接触」という言葉の意味を、厳密に定義しようと努力しているニュースなどもあります。
しかし、この用語の定義を、そこまで議論しても仕方がありません。今のところ、ヒトーヒト感染が強く疑われる例は、この国内発生以外にも最低1人が指摘されています。
現時点での感染力については、「濃厚接触での限局的なヒトーヒト感染の可能性はあるが、持続的なヒトーヒト感染ではない」というのが、(極めて感染症学的な)正しい表現となります。
そして、この表現をわかりやすく翻訳すると、「ヒトーヒト感染は起こる可能性がある。しかし感染力は決して高くはなく、この感染症が社会の中で急速に広がるような状況ではない」ということを意味しています。
【死亡率が高い感染症なのか?】
今のところ、季節性のインフルエンザよりは死亡率が高いが、これまで流行を経験しているSARS(サーズ)やMERS(マーズ)よりは、はるかに死亡率は低いと考えられています。
また、今の段階においては肺炎があることをキーワードとして診断が行われているため、もしも肺炎を起こさないような軽症例が存在していたら、さらに死亡率は低くなるかもしれません。
【日常生活での対応について】
この新種のコロナウイルスを予防できるワクチンは今のところありません。また、このウイルスを治す治療薬もありません。
コロナウイルスは、一般的な風邪の原因となるウイルスでもありますが、風邪薬が効くわけではありません。もちろん抗菌薬も効きません。

しかし、これまで発生した事例のほとんどは自然に治っています。人の免疫機能は、この新しいウイルスに対しても確実に有効なのです。そして、日常で可能な対策は、手洗い、咳エチケットなど、一般的な感染症と同じなのです。
【つくられる「流行感」に惑わされない】
感染症の流行時には、複数のメディアで同じ感染症の情報が次々に流されることで、みなさんの心の中に「流行感」がつくられることがあります。
未知の感染症を怖がることは当然のことです。そして、怖がるということで、少しでも感染しないような行動につながることもあります。
しかしその一方で、実際の状況よりも過剰に、不安が増強される場合もあります。
感染症は正しく知って、正しく対応することが大切です。
私は、エボラ熱、MERS、新型インフルエンザ、そして今回のような新型コロナウイルスなどの様々な感染症に、最前線で対応する病院で感染症診療を行っています。
みなさんの健康を感染症から守る立場として、また新たな情報があれば継続してお伝えしていきたいと思っています。
【今村顕史(いまむら・あきふみ)】がん・感染症センター 都立駒込病院 感染症科部長
石川県出身。1992年、浜松医大卒。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事している。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。駒込病院感染症科のウェブサイトはこちら。