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沖縄での麻疹(はしか)の流行 ~なぜ流行は繰り返されるのか?~

名古屋でも沖縄帰りの発症者を確認。国内外の移動が増えるゴールデンウィークを前に流行の広がりが心配されています

今、沖縄での麻疹(はしか)の流行が大きな問題となっています。その流行は、台湾から沖縄へ観光旅行にやってきた、たった1人の外国人から始まりました。

麻疹を発症した旅行者は、自分の感染に気づかず観光地を移動している間に、ホテルや飲食店などで近くにいた人たちも次々と感染させてしまいました。そして、このように感染した人も、また別な人へと麻疹をうつしていくという感染の連鎖が続いています。4月14日までに麻疹と診断された患者数は、すでに52人まで増加しています。

『麻しん(はしか)患者の発生状況について』沖縄県

さらに、沖縄へ旅行した10代日本人男性が、帰省先の名古屋市で麻疹と診断されました。この男性は、沖縄に4月上旬まで旅行した後、埼玉県内の学校に数日間通い、発症後に東京・品川から新幹線で名古屋まで移動したそうです。

間もなく始まるゴールデンウィークで、大勢の人が国内外を移動することが考えられるなか、他の地域における感染の広がりも心配されています。

みなさんは、2016年に関西空港を中心として広がった麻疹の流行を覚えていますか。この時には、33人の空港職員が発症するなど、麻疹の流行が社会的にも大きな話題となりました。それ以降も、散発的な麻疹の発生は、繰り返し起こっています。そして今回は、この沖縄での流行が始まってしまったのです。

日本の麻疹は、2015年3月27日から「排除状態」となっています。排除されているはずの麻疹・・・それなのに、どうして流行が繰り返されているのでしょうか?

【今の麻疹は輸入感染】

麻疹は、ワクチンで予防することができる感染症です。国内の多くの人がワクチンを接種すると、次第に麻疹を発症する人が減少していくことになります。麻疹の「排除状態」とは、海外から持ち込まれてくる以外に、国内発の麻疹が3年以上にわたり発生していないことを条件に認定されます。

しかし、日本が「排除状態」となっても、世界にはまだ麻疹が押さえ込まれていない国々が多く残っています。今回の沖縄での流行も、そのきっかけは海外からの旅行者からの発症でした。今の日本における麻疹は、海外から持ち込まれてくる輸入感染症となっているのです。

例えば、東京都でも、今年に入って既に2例の発症者が報告されていますが、いずれもタイで感染したとみられています。

埼玉県や茨城県、大阪府など他の地域でも散発例は報告されています。

ワクチンの定期接種を推進したことで、麻疹に対する免疫をもっている人は増えました。しかし、まだ免疫をもっていない人も多く残っています。また、ワクチンを接種しても十分な免疫がつかない人、妊婦や免疫不全者などのワクチンを接種できない人もいます。このようなことから、たった1人の麻疹患者から、感染が拡大してしまうということが起こってしまうのです。

【おそるべき感染力】

麻疹は「空気感染」する、非常に感染力の強いウイルス感染症です。インフルエンザなどの「飛沫感染(ひまつかんせん)」では、くしゃみや咳などで水分を含む重く大きな粒子が飛ぶため、2m以内でほとんどの粒子が床に落ちてしまいます。しかし、「空気感染」では小さく軽い粒子が、ふわふわと空中を長く浮遊することで、同じ部屋の中にいるだけでも感染する可能性があります。

麻疹は、われわれが身近に経験する一般的な感染症の中でも、最も感染力が強いウイルス感染症なのです。

10〜12日程度の潜伏期間を経て、麻疹を発症した初期には、鼻水、喉の痛み、咳などの、風邪のようなごく軽い症状だけの時期があります。

この時期には、典型的な高熱と発疹が出現していないため、たとえ感染症の専門医師であっても、症状だけで麻疹を強く疑うことは難しいといえます。

しかし麻疹は、このような軽い症状の時期から、すでに強い感染力をもっています。このため、本人も自覚のないまま、他の人に感染を広げていってしまいます。

【麻疹の深刻な合併症】

麻疹には、発症してから直接ウイルスを抑えられるような治療薬がありません。そして、重症化すると肺炎や脳炎などを起こす可能性があります。

また、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という合併症も稀に起こることもあります。これは、感染してから数ヶ月から数年の長い経過で、徐々に脳神経症状が進行していくという重い病気です。さらに、妊婦が感染してしまうと、早産や死産の原因となることがあります。

【ワクチン接種が最善の策】

麻疹においては「かからないことが最善の策」です。そのためには、ワクチン接種によって麻疹に対する免疫をつくっておくことが必要です。今は、ワクチンの定期予防接種を2回受けることになっています。しかし、定期接種になる昭和52年(1977年)より前に生まれた人、そして定期接種となっても1回接種のみだった人の中に、十分な免疫をもっていない人が多く残っています。

また、ワクチンを2回接種しても、十分な免疫がつかない人も数%います。しかし、このような人が麻疹を発症しても、その多くは「修飾麻疹」という、通常の麻疹と比べて軽い症状だけで終わることがほとんどです。そして最近の知見では、この修飾麻疹においては、他の人への感染力も低くなることが示されています。

今回のような麻疹の流行が起こった時には、少しでも感染した人を早く診断して、他の人への感染を防ぐことが必要となります。麻疹を発症した人は、「解熱して3日が経過するまで」の期間は、出勤・登校・登園、あるいは外出を控えなければいけません。また、流行が起こっている地域においては、免疫をもっていない人へのワクチンの緊急接種もすすめられます。

【流行を繰り返さないために】

麻疹は、たとえ「排除状態」となっても、予防のための対策を継続することが重要です。医療関係者は、日本の麻疹が輸入感染症となっているということを再確認しておくべきです。

ワクチン未接種や1回接種のみだという方は、流行のない時期にもワクチン接種を検討してください。また、海外へ渡航する予定の方は、もしも「麻疹にかかったことがなく、ワクチンを接種していないか接種歴不明」という場合には、渡航前に予防接種を受けておくことをおすすめします。

麻疹の流行を繰り返さないためには、社会の中で「流行しにくい環境」をつくっておくことが大切なのです。

【今村顕史(いまむら・あきふみ)】がん・感染症センター 都立駒込病院 感染症科部長

石川県出身。1992年、浜松医大卒。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事している。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。駒込病院感染症科のウェブサイトはこちら