
米国と国境を接するメキシコ北東部の町、マタモロス。ここには、米国での庇護を求め、移民申請や庇護申請の審査を待つ何千人もの人々が数カ月にわたってテントで暮らす、いわば仮設キャンプがある。
間に合わせのコンロで煮炊きし、寄付で何とか日々をしのぎ、キャンプの外へ出れば誘拐や暴力に遭う不安と隣り合わせで生活している。
集まった人の多くは、暴力がはびこる中米の国々を逃れ、米国で新たな生活を始めようと一筋の望みにかける人々だ。ただし、トランプ政権下の現在、これまでのところ希望がかなったケースは非常に少ない。
そんな過酷な、ときには希望を失いそうな状況でも、時に人は思いがけない経験をする。
深く愛する人に出会い、恋に落ちるのだ。
この町の仮設キャンプには、ここで出会った男性との間に愛をはぐくみ、新しい命を迎えようとする18歳の女性がいる。
メキシコで待機中に一度は誘拐され、傷を抱えながらなんとか逃れたもう一人の女性は、どんなときも楽観主義を貫こうとする男性との出会いを通じて、ささやかな心の平穏を手に入れた。
2019年には、5万5000人を超える移民希望者が終わりの見えない危険な滞在を余儀なくされた。どうすれば打開できるのか終わりは見えず、誰を信頼していいのかはさらに判断が難しい。
そんな厳しい状況の中で、愛する人にめぐりあった二人の女性のストーリーを紹介する。
アダニアとアドリアン

「ここで暮らすのは楽ではありません。食べるものが十分手に入らないときもあります」。
エルサルバドルから逃れ、アメリカへの入国を希望する18歳のアダニアはそう話す(報復を恐れ、姓は明かさないことを希望した)。
「でも、自分がつらい状況にいることや、気持ちが落ち込んでいることを忘れさせてくれる人がいます。外で寝起きしている現実を忘れさせてくれる人が」
アダニアにとって、それがアドリアンだ。短く刈った髪にやせ形のアドリアンは19歳のメキシコ人だ。同じく米国での移民申請を希望している。
昨年11月のある日、中米式の朝食を作っていたアダニアは、アドリアンの姿を見て腕のタトゥーがすてきだと声をかけた。グリーンがかった羽根と、ビンテージの腕時計が描かれていた。
できたての揚げバナナ、豆、卵の朝食に誘ったが断られ、少しむっとした。だが数日後、アドリアンからデートの誘いがあり、応じた。
近くを流れるリオグランデ川の堤防へ行き、ひんやりした空気の中でハンモックに座って朝の4時まで話した。しばらくの間、アダニアは自分たちがテント生活の身なのを忘れていた。
「彼がキスしていいかってきいてきたから、キスはお願いするものじゃなくて盗むものよって言ったの」
1月初め、二人はキャンプから25分ほど歩いた映画館にいた。アドリアンはスクリーンの前に立ち、アダニアに結婚を申し込んだ。アダニアは駆け寄り、イエスと答えた。
今、アダニアは妊娠5週ほどになる。
「妊娠がわかってすごくうれしかったです。やっと自分だけのものを手にできて、心から愛している人と分かち合えるのが」とアドリアンは言う。
二人は普段、マタモロスのキャンプからあまり遠くへは行かない。それでもデートはできる。アダニアは髪をととのえ、メークをする。二人で夜の散歩に出かけ、20分ほど歩いたところにある公園まで行く。
「何だか自意識過剰みたいだけど、こうしてると気が紛れるし、気持ちが明るくなるんです」

アダニアにとっては、メキシコ人のアドリアンが一緒だと心強い。アドリアンと出会う前は、危険を考えると歩いて公園へ行くなどできなかった。
「電話でパパにからかわれるんです。『恋愛するために遠くマタモロスまで行ったのかい、それもメキシコ人と。おまえもいずれメキシコ人みたいな話し方をするんだろうな』って。私はたまたまついてただけだよ、って返します」
ただし、二人はエルサルバドルとメキシコという異なる国からきているため、米国の移民政策の規定によって引き裂かれてしまう可能性もある。アドリアンの順番がきて、税関・国境警備局(CBP)職員の元へ呼び出されたら、アダニアがされたようにメキシコへ送り返される可能性は低い。
メキシコ人の場合、逃れてきた国へは送り返せない。アドリアンの番になってもアダニアがまだメキシコ国内で手続きの待機中となった場合、アドリアンは他の人を先に行かせ、二人で一緒にアメリカへ入国できるまで待つつもりだ。
「離れ離れになってしまうかもしれないのが心配です」とアドリアンは不安をもらす。
アダニアも、二人が引き裂かれてしまうかもしれない現実に不安を抱く。冗談半分で、アメリカへ行ったら私を捨てて白人女性の元に走るんじゃないの、と言ってみたりもする。
だがアドリアンは、二人で一緒にいられる方法を必ず見つけよう、と応じる。
「当局から、入国を認められても、二人そろって行けなかったら、僕は行かずに残ります」
ブレンダとパブロ

同じ仮設キャンプの一角で、25歳のブレンダ(希望により姓は明かさない)がトウモロコシの練り粉を手で打ちつけている。土を固めたかまどの上にフライパンがあり、そこへ生地を入れる。
半年前、エルサルバドルの家を出た。その少し前、息子が10歳なら夜中に見張り役の仕事をさせろと地元のギャングに言われていた。
アメリカの国境までたどりついたが、数千人を超える他の移民希望者と同様、申請の審査中はメキシコ国内で待機するようにと追い返された。
2019年9月半ば、ブレンダは息子と共に犯罪組織のメンバーに誘拐された。メキシコの町ヌエボ・ラレドから国境を越えたところに、トランプ政権が設けた仮設の裁判所があり、そこで行われる審問の日を待っているところだった。
連れ去られてから9時間後、理由はわからないが、所持金を全部出せば解放してやると男の一人に言われた。解放される前、犯罪組織はブレンダと息子の写真を何枚か撮り、生年月日などの個人情報を聞き出して、ヌエボ・ラレドに戻れば即座に殺されるぞと脅した。
ブレンダは解放されて逃げたが、移民申請の審問を逃した。
ブレンダはアメリカ国境にほど近い町レイノサで、他の女性たちと共にシェルターに身を寄せた。誘拐されてから数週間、部屋から出るのを拒んだ。そこで、アメリカへの移民を希望するキューバ出身のパブロと出会う。
シェルターのキッチンで働いていたパブロは、ブレンダに身の上を話した。これまでの人生、キューバを逃れた理由、両親が離婚し、一人っ子であること。そして彼自身も誘拐された過去があった。
ブレンダも、エルサルバドルを離れた理由や、シングルマザーであることを話した。誘拐された体験のくだりになると、話しながら泣いた。
「パブロはこう言いました。泣かないで、大丈夫。物事が起きるのにはすべて理由がある。近いうちに新しいことが起きるから、と」
ブレンダは楽観的なパブロに魅かれた。パブロはいつも笑わせてくれる。不安に襲われてブレンダがシェルターから出られないときは、外で中華料理やハンバーガーを買ってきてくれる。
エルサルバドルに残る叔父からの送金が途絶えてからは、パブロが建設作業で得たお金を支援してくれた。
やがて、二人の間に恋が芽生えた。ただし、シェルターの決まりに反しないよう、二人の関係は秘密にしている。周囲の目やシェルターの防犯カメラを避け、ごく短い会話と、つかの間のキスをすばやく交わす。
夜が更けると、別々の部屋でベッドに入り、ハートの絵文字をいくつも添えて「愛してる」「隣にいられたらいいのに」とメッセージをやり取りする。他の人がいる前では、お互い他人行儀にふるまう。
「恋に夢中だった若いころのときめきを、二人であらためて経験しています。あの気持ちをもう一度味わうのは、とても尊いものでした」とブレンダは話す。
それでも、パブロが自分に興味をもってくれているのはここにいる間の退屈しのぎにすぎないのではないか、アメリカでの庇護が認められれば離れていってしまうのではないか、という不安はあった。
ブレンダには父親の違う娘と息子がいるが、どちらの男性もブレンダの元を去っていった。
そこで神様に頼んだのだ。この先の人生を一人で歩むことになるなら、それはそれで構わない。でも、もうしそうでないのなら、信頼できる善良な男性をお遣わしください、と。
ブレンダは既に心を引き裂かれる思いでいる。4歳になる娘をエルサルバドルにいる母親に託してきた。これ以上の心の痛みには耐えられない。
「以前はよく独り言を言っていました。頭がどうかしてしまったみたいにだったり、すがるような気持ちでだったり。でも今は、娘がそばにいない悲しみに打ちひしがれているときも、私の思いを理解し、支えてくれる人がいます」

2月、ブレンダはマタモロスの仮設キャンプへ移ってきた。ここなら、昨年、犯罪組織に連れ去られて逃してしまった移民申請の審問再開に向け、動いてくれている弁護士が近くにいる。
キャンプから近いリオグランデ川の向こうには、トランプ政権が開いた仮の裁判所が複数あり、ブレンダのような移民申請や庇護申請の審査が行われる。
パブロも移民申請が認められるよう引き続き奔走している。認められれば、ブレンダも同じ方法でうまくいくか、何らかの別の形でアメリカに入国できるのではとパブロは期待する。
だめなら、二人でパブロのいとこがいるメキシコシティへ行き、そこへブレンダの娘を呼び寄せようと考えている。パブロはレイノサでの建築作業の仕事が終わり次第、ブレンダがいるマタモロスのキャンプへ移るつもりだ。
先の見えない不安定な状態に留め置かれ、粗末な仮住まいに暮らしていると、楽観的でいるのも希望を失わずにいるのも難しい。それでもパブロが背中を押し、前を向かせててくれる、とブレンダは言う。
「僕たちは後ろを振り返ることはできない、と彼は言います」
「『一緒に頑張って前へ進んでいこう。きみは今こうして僕と一緒にいる、僕たちは死んだりしない。新しい生活を一緒に築いていくんだ。それがどこであろうとね』と」
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan