「おそ松さん」「君の名は。」「シン・ゴジラ」「欅坂46」――2016年の1年間で、ある雑誌の表紙を飾ったモチーフだ。
これだけ聞くと、世の中のトレンドを取り上げる雑誌を想像するだろうか。
雑誌の名は「月刊MdN」。アニメ誌でもカルチャー誌でもなく、デザインの専門誌だ。
数年前までは、現場のデザイナー向けにノウハウを紹介する雑誌だった。今は毎月特定のテーマを定め、さまざまな視点で映像やグラフィックを紹介している。アニメやアイドルの視覚表現にフォーカスし、取り上げることも少なくない。
「ときには一般誌よりも売れるデザイン専門誌を作りたい」「このまま業界だけに向けて作ってもゆるやかに終わっていってしまう」
そんな野心を胸に、2013年に一般向けのフルリニューアルに踏み切ったのが、本信光理編集長だった。
専門誌でありながら「売れる」雑誌を目指す。4年目を迎える挑戦の成果は。
(※ 「おそ松さん」「君の名は。」など、これまで反響が大きかった特集企画の裏側を詳しく聞く【後編】は、明日21日に掲載予定です)
「このまま続けても、限界があるな」
――今でこそアニメやアイドルにフォーカスした特集も組まれていますが、数年前のバックナンバーを見ると、完全にデザイナー向けの雑誌ですね。
そうですね、デザインの現場の人、デザイナーを目指す人に向けた専門誌でした。10年以上にわたって編集部員として携わる中で、当時のMdNが狙っていた「専門職に向けた月刊誌」自体の立ち位置が難しくなってきていることは、肌で感じていました。
なぜなら、ネットが普及し検索することが当たり前になると、基本的なデザインのマナーやノウハウはWebで調べるようになります。逆に、ゼロからしっかり勉強するなら書籍を買う。その中間的な存在である月刊誌は狙い所が難しい。「この狭い層を狙って『売れる』ことを目指したところで限界があるな」という思いがずっとありました。
編集部員を減らしたり、刊行ペースを落としたり、業界だけに向けてそれなりの規模でやっていく道もあったとは思います。ただ、作る人間としては「もっとたくさんの人に読んでほしい」欲が出ちゃいますよね。少なくとも、僕はありました。
どの雑誌もそうだと思いますが、月刊誌を作るって、めちゃくちゃ大変なんですよ。めちゃくちゃ大変なら……できればめちゃくちゃ売れたいじゃないですか。
いろいろやる中で、「めちゃくちゃ売れるデザイン誌って、作れないのか?」を試したくなったんです。現実的には「めちゃくちゃ売れる」のは難しいんですけど……って、なんだか言ってることがアホっぽいのですが(笑)。
転機はあのアーティスト
――2011年に編集長に就任し、2013年にリニューアル。その後の特集は「マンガやアニメのグラフィック」「少女漫画のデザイン」などを筆頭にこれまでと雰囲気が一気に変わっています。
プロではなく一般の人、デザインに必ずしも明るくない人も意識した特集に切り替えました。やるなら徹底的にやろうと、連載も含めて総入れ替えしたフルリニューアルでした。
やってみたものの、特に特集記事に関しては、1年くらい「本当にこれでいいのかな?」と試行錯誤でした。これまでの読者が離れていくのと、新しい読者がついてくるのと、どちらが早いかの勝負だな、とヒリヒリしていましたね……。不安はありつつも、以前と同じように続けていてもゆるやかに終わっていくだけだ、とは思っていて。
――転機になった特集はありますか。
サカナクションのMVやデザインワークなどの視覚表現を特集した号(2014年9月号)ですね。
CDジャケットやMV、ライブの演出など、目に見えるクリエイションの裏側を徹底的に掘り下げました。作りながら「僕らがやるべきものはこれだ」と確信したんです。初めてと言っていいくらい、喜ぶ読者の顔が見えた。
アーティストとしてのサカナクションの音楽面を取り上げる雑誌はもちろんたくさんありますが、視覚表現だけにフォーカスして、60ページ強を割ける媒体は……まぁ、まずないと思うんです。
ファンにとっても、他にはない切り口で、新しい角度から発見があるはず。やりたいことと読者が求めるものが、きちんと重なった気がしました。
MdNは定価1490円と高いんですよ。僕が編集長を引き継ぐ以前からそうでした。それだけの値段を出して買ってもらうには、これくらいの本気と深さが必要なんだ、と改めて感じたというか……。
もちろん、価格を下げて、より多くの人が求める内容にする道もあったと思います。でも、そうやってカルチャー誌や情報誌に近づけると、それはそれで勝ち目がないとも思いました。ならば、マニアックな内容でボリュームもしっかりある、この価格帯ならではの方向性で勝負しようと。
乃木坂46の特集号が「売れた」
――アーティストの特集としては、乃木坂46を取り上げた号(2015年4月号)が話題になりました。
まさに、サカナクションの手応えを踏まえた特集です。率直に「売れる」経験ができた号でした。
――同年末に初めて紅白に出場。グループとして一気に加速していく直前でした。
僕としては、この特集号も「売れそう」とか「きそう」とか全然そういう確信はなかったですね。今言われてもピンと来ない(笑)。
「乃木坂46」は前々から目を惹くCDジャケットが印象的で、グループ名だけは覚えていましたが、特集できるほどの強度があるのかはわからなくて。
「これは何かある」と思ったのは、1stアルバム「透明な色」のジャケットが公開された時でした。
写真のディレクションからロゴのデザインまで本当に素晴らしい。過去の全てのシングルのジャケットのクレジットを調べてみると、デザインチームはすべて一緒でした。このチームはあるコンセプトのもと、努力して面白いものを作ろうとしている人たちだ、と確信したんです。
思えば、ブレイク寸前のPerfumeに対しても同じような感覚を抱いていました。リニューアル前のMdNでは、アイドルの特集はできなかった。今はできる。そういう雑誌に変わっていた……というか変えていた。
とはいえ、アイドルそのものではなく、CDジャケットのデザインや映像を特集して売れるかどうかは自分の中ではわかっていませんでした。ある一定層は、あの頃の自分と同じように読みたいだろうな、と思ったんです。
――で、売れたんですね。
売れました。これまでと違うスケールで売れた。普通のデザイン誌を作っていたら絶対届かなかった数字が出た。
自信になりましたね。結果がちゃんと出たし、何より「売れる」ってどういうことか身体でわかったのが大きかったです。
と同時に、これまで「いい企画にしたいね」「前号より売れればいいね」くらいのふわっとした意識だったのが「何万部を目指して作るのか」を具体的に考えるようになりました。
――具体的に、というのは。
フィジカルにイメージするというんでしょうか……。1万部だったら武道館、5万部だったら東京ドームいっぱいの人が買ってくれるということですよね。ライブやコンサートに行ったことがある人なら想像できると思いますが、その人数が集まった時の存在感って、とてつもない。
あれだけの人に手にとってもらうだけの熱と引力を、この企画は持っているのか? を問うようになりました。実際その部数に届かなくても、待ってくれている読者をフィジカルな存在として想像すらできなかったら、スケールにあうものが作れるわけがない。
そんな意識が生まれる中で、MdNの特集は「視覚的なクリエイティブ面で掘り下げる価値があること」と「多くの人が手にとりたいと思えること」が両立しなければ成立しない、とさらに強く考えるようになりました。逆に言えば、クリアすべき点はそれくらいなんですけど。
――それは企画を立てる上で「広すぎて難しい」「自由になんでもできる」、どちらの感覚につながるのでしょうか。
後者ですね。リニューアル前は「デザインの専門誌ってここまでしかできない」という意識が強かったので、MdNという雑誌の立ち位置がずいぶん自由な場所に移ってきたなと思います。去年だと「神社や鳥居の様式美って面白いな」から生まれた特集とか。
デザイン誌だからこそ「乃木坂46」も「君の名は。」も「神社」も横並びで取り上げることができる。自分たちが「カルチャー誌」ではない自覚はかなり強く持っています。
最近は、音楽と味覚以外はだいたい「デザイン」の視点で特集を組めるんじゃないか? と思うようになってきました(笑)。
――音楽と味覚以外! 最新号は「キャラの声をフォントで再現する方法」ですね。ご自身でも「正気か!」とツイートしていましたが……(笑)。
音楽は難しいけど、声はギリギリイケるかな、と。いや、イケるんじゃないかなと思って、挑戦ですね。特集を担当した部員は、こんな見たことも聞いたこともない企画をよく頑張って形にしたなと思います。
今回の号もそうですが「デザイン誌はこんなテーマを取り上げるべき」「価値あるデザインとはこういうもの」という常識から自由になりたい気持ちが、僕も含めた部員の中にずっとあります。
――今後特集したいテーマはありますか?
やっぱり「MdN、こんなこともやるんだ!」と驚いてもらえるものをどんどん取り上げていきたいですよね。なぜこんなにも毎回毎回、まったく毛色が違う特集をやってるのか自分でも説明できないんですけど……(笑)。
アイドル、アニメ、神社、制服……「デザイン」の視点で切り取れるとは思われていなかったものも、60ページ使って本気で特集すればしっかり反響がある。そうすると「これも面白いじゃん?」とまた新しい視点が生まれますし、読者にも提案したくなる。専門誌の領域から、世界の新しい見せ方がまだまだあるのではないかな、と思います。