さまよえるアラサーたちのぐずぐず恋愛劇「A子さんの恋人」近藤聡乃さんインタビュー

    優柔不断な29歳、A子を取り巻く大人の恋愛漫画「A子さんの恋人」が口コミでじわじわ人気上昇中。大人になりきれない大人たちが行き着く先は?

    人生に迷う、さまよえるアラサーの大人たち。いつまでも「考え中」でいられない彼らの明日はどっちだ、愛はどこだ――。

    優柔不断な29歳、A子を取り巻く“ダメな大人たちの恋愛劇”を描いた漫画「A子さんの恋人」が、同世代の男女を中心に口コミでじわじわ話題を呼んでいる。

    30歳を目前にして人生を決めきれないA子。煮え切らない彼女を面白がって焚き付けたり、説教したりするA子の女友達も個性的ですごくいい(みんな正直で意地悪!)。

    作者の近藤聡乃さんは、現代アーティストとしても活躍するNY在住の漫画家だ。BuzzFeed Newsは、3巻発売を機に帰国した近藤さんにインタビューした。

    待たせる女がひとり、待つ男はふたり

    主人公は、3年間のNY生活を終えて帰国した29歳の漫画家「A子(えいこ)」。

    日本に置き去りにした恋人「A太郎」(懐に入り込む男)と、NY滞在中に付き合い、プロポーズまでされた「A君」(懐の深い男)との三角関係を軸に話は進む。

    腐れ縁のA太郎には、別れを切り出そうとしたものの、はぐらかされて曖昧に終わり、A君から帰国直前に受けたプロポーズには返事をしないまま。

    もう29歳だから、いい大人だから、結婚なんかもチラついてくる。さて、あなたはどっちを選ぶの? あるいは選ばないの? というお話。

    ……と書くと、なんだかよくある「アラサーあるある」漫画っぽいけどちょっと違う。


    空港で別れようと思ったのに…

    ――「A子さんの恋人」、3巻もすごく面白かったです。いよいよ物語も佳境ですね。

    そうですね、1巻2巻とはまた違う印象の巻になったと思います。

    ――連載がスタートして2年超ですが、構想はいつからあったのでしょう。

    遡っていくと、2008年にNYに移住する前でしょうか。「主人公がアメリカに行く直前に男にコートを押し付けられて、縁が切れなくなる」というシーンだけが頭にありました。

    アイデアスケッチの段階では男女2人だけでしたし、ストーリーもまだ固まっていなくて、当時はすぐに描くのは難しいと保留していました。

    前作の「うさぎのヨシオ」が一段落したところで、「今なら描けるかもしれない」と連載を始めたのが2014年ですね。

    ――今なら描ける、はどんな理由があったからなんでしょうか。

    この話はアメリカ人のもうひとりの恋人の存在が重要で、その「A君」のイメージがつかめたから、です。NYで数年暮らす中で、そろそろ描けそうだな……と。

    あとは「A子」を起点に、「K子(けいこ)」「U子(ゆうこ)」とアルファベット表記の友人たちも思いついて、取り巻く人間関係を想像できるようになっていきました。

    ――A子はNYに留学していた漫画家。近藤さん自身の境遇とも近いと思いますが、自身の体験を重ねている部分はありますか。

    よく聞かれるのですが、キャラクターのモデルや現実の体験を元にしたエピソードはないんです。

    ただ、生活や仕事の細かいネタを盛り込むためには、自分が知っている職業でなくては難しいと思いました。アメリカに行ったり日本に帰ってきたり、ある程度自由が効く職業となると、A子はアーティストか漫画家かな、と。

    A君とA太郎、どっち派?

    ――読者のひとりとして考え込んでしまうのはやはり「A君とA太郎、私ならどっち?」なのですが……。ネットでも話題になってますよね。

    A君派が圧勝ということ、私も知っていますよ(笑)。もうちょっと半々くらいになるのではと思っていました。

    ――読みながら心が揺れている人も多いと思います。「A君好き! でもA太郎も好き……」といったりきたり。

    A君は“漫画的にかっこいい”キャラクターだなと思います。女性の憧れが詰まった、現実にはいない、理想の男性像の側面を持っている。

    逆にA太郎は、誰しも身近になんとなく思いあたる人がいるんじゃないでしょうか。「あーいるいる、こういう人……」って。

    ――ああ、確かに。A太郎みたいな人に苦い思い出がある、という人もいそうです。その他の登場人物も含め「みんな性格が悪い」と言う感想もありますがどうでしょう。

    実際、あれくらいが普通じゃないかと思っているんですが……。特別、性格を悪くさせよう、というつもりはないですよ(笑)。

    無自覚が一番「悪い」

    ――近藤先生の中で一番「悪い」人は誰ですか。

    やっぱりA子ですね(笑)。

    ――即答ですね(笑)。

    A太郎に片想いしているI子(あいこ)なんて、まるで敵役のように登場しますが、全然悪い人ではないですよね。

    A子の悪いところは、無自覚なところだと思います。まず自分自身のことがよくわかっていないから、何もかも決められない。

    A太郎とA君のあいだで二股かけている、のではなく、とにかくただ2人を待たせているだけ。「早く決めてあげればいいのに!」と思ってしまいますよね。

    でも作者としては、この人はこの人でちゃんと考えていて、決められない事情がある、と描くことでかばいたい部分もあります。

    ――そういえば「A子が帰国して11カ月のあいだにA太郎と会ったのはたった3回」と3巻にもありましたね。

    そうなんです、A子は自分からは会おうとしてないんです。しかもその3回も悪友たちによる不可抗力ですからね。……なので、あまり責めないであげてください。

    ――K子の言葉ではないですが「なんでふたりしてえいこちゃん?」。どこが惹かれる要素なんでしょうか。

    一言で言うのは難しいですよね。U子くらいわかりやすくモテる要素があるわけではないので、エピソードを重ねていくことで少しずつ魅力が伝わってほしいと思っているんですが。

    A君がA子を好きになっていった過程のように「あ、こういうところ好きだな」という小さい魅力が積み重なっているタイプだと思います。A君にとっても、A太郎にとっても、「代わりがいない人」なんですよね

    ――A太郎の「なんで僕がえいこちゃんのこと好きなのか教えてあげよう それは君は僕のことそんなに好きじゃないからだよ」は本当にぞくぞくする名言ですよね……。

    A太郎は、本当はA子に自分をもっと好きになってほしくて言ったんだと思いますよ。A子のことがすごく好きなんでしょうね。

    だからなんというか、A子はモテるというより「この人に自分を好きになってもらいたい、選んでほしい」と思わせる力があるのかもしれません。

    悩める日々は終わる? 近づくラスト

    ――3巻でここまでの2巻と一気に空気が変わったように感じますが、物語の展開としては今はどのあたりなのでしょうか。

    大体、75%くらいです。

    ――えっ! ということは、そろそろクライマックスが近い……?

    そうですね。NYに残したA君に「1年待って」と言って帰国するところからスタートしているので、1年が期限です。結果的に1巻で3カ月分くらい進むペースになりました。

    これまで主に短編の漫画を書いてきたのですが、漫画家として長編にチャレンジしてみたいという思いがありました。「A子さんの恋人」は少なくとも3巻を超える長さにしたいと考えていたので、感慨深いです。

    ――ラストはすでに決まっているのでしょうか。

    はい。読者の中には「どちらも選ばず、このままの関係がなんとなく続いていきました」という終わりを考えている方もいらっしゃるようなのですが、そうはしたくないと最初から思っていました。

    ――A子はここから成長を遂げて、選べるようになる、と!

    そうですね、がんばってほしいです(笑)。

    そもそもA子は今、2人のどちらを選ぶかで迷っているのではなくて、何を悩んでいるのかもよくわかってない状態なんですよね。自分で自分のことがわかってない。そんな状態なので、将来に対してもピンと来てないし……何かがつかめたら、決められるんだと思います。

    ――楽しみ! しかし、読者の反応は割れそうですね。

    誰もが納得できる選択にするのは難しいですよね。

    作者としては結論を出さなければならないのですが、その上で、読者のみなさんには「こっちとうまくいってほしかった!」「どうしてそっちなの!」と思い入れを語ってもらえるような作品になったらうれしいです。私の提示したものだけが正解ではないとも思っているので。

    「どちらを選ぶか」はこの作品の一部であり、それを含んだひとつの物語として完結できたらと思っています。もう少し、お付き合いください。

    ■近藤聡乃(こんどうあきの)プロフィール

    1980年千葉県生まれ。2003年多摩美術大グラフィックデザイン学科卒業。アニメーション、マンガ、ドローイング、油彩など多岐に渡る作品を国内外で発表。文化庁新進芸術家海外留学制度、ポーラ美術振興財団の助成を受け、2008年よりニューヨーク在住。

    2014年から「ハルタ」(KADOKAWA)で「A子さんの恋人」を連載中。近著に「うさぎのヨシオ」(KADOKAWA、2012年)、「ニューヨークで考え中」(亜紀書房、2015年)。