「3月のライオン」が実写映画に、と聞いた時、まぁいつか来るよね、と思った。
主演が神木隆之介さんと発表されて、それだけで期待しちゃう、と思った。去年の秋にTVアニメが始まった。原作を大切にした1話1話が素晴らしくて、次は実写化かぁ、どうなるんだろう、と思った。
つまり、ハードルが上がっていた。パワフルな原作があって、アニメもとっても出来がよくて、ここに続くもの、相当レベルが高くなくては自分の中では正直「それなり」で終わってしまいそうだ。
……すみません、少し前の自分を説教したい。
観ました。超よかったです。長さを感じさせないくらい、本当に面白かった。鳥肌立った。ボロボロ泣いた。あー、もう1回観たい。映画館の大きなスクリーンで息を詰めて観たい!
とにかくメインキャストが最高だったので一人ずつ言わせて……!
(以下、4月公開の後編の内容もネタバレしない程度に触れていくので、まったく知りたくない! という方はお気をつけください)
まず神木隆之介さん、あまりに「桐山零」で驚いた。17歳のプロ棋士の孤独。
映画の冒頭、零が一人で住む川沿いのガランとした部屋が映る空虚さに震えた。いろんな意味で、何もない。何もないところから始まる。
最初はどことなく刺々しい零がいろんな出会いで少しずつ変わっていく……って、言葉にすると陳腐なんですが、前編2時間20分(後編も合わせて4時間40分)で、神木さんの表情が声がどんどん変わっていくので説得力がすごい。
神木さん、間違いなくこの世代の俳優のトップランナーの一人ですが、この映画の中だけでも進化している感じが何度もする。
大友啓史監督は、BuzzFeed Newsのインタビューでこんな風に話してくれていた。「フィクションの申し子」、なんていい言葉なんだ。
僕は彼のことを「フィクションの申し子」だと感じていたんです。4、5歳の頃から俳優として、映画やドラマの現場で大人に囲まれて、架空の人物を生きてきた。母親に「あなたはプロなんだから泣きごと言っちゃダメ」と怒られたこともあるそうです。
零くんの「10代でプロ」の感覚って、きっと普通の人は共有できないはず。でも、神木くんならできると思った。僕らが思いつかない、思い至らないようなところで、彼だから発見できる感情や表現があるんじゃないかなって。
頭がパンクしそうになった零が「将棋しかねぇんだよ!」と叫ぶシーン、鳥肌立った。マンガのコマが見えるようだったし、叫ぶ声が画面に貼り付くように思えた。すごい。
あと、全然違う視点で言うと、ダッフルコートが何着かあってどれもすごくかわいかったです。ネイビーやグレイ、場面に合わせて、着ている色が違うのだ。
「いろんなダッフルコートの神木くんが見られる」……これは間違いなくこの映画のおすすめポイントのひとつですね!
プロ棋士の面々がめちゃくちゃかっこいい。
説明するまでもなく、最高でした。 対局シーンの張り詰めたような緊張感、ドキドキする。実際に将棋の対局では使わないような会場も出てきて、エンタメめいていて楽しい。
二海堂役は、染谷将太さんが特殊メイクで変身。かわいらしいのに目が爛々としているのが勝負師って感じでいい。
「『潔い』のと『投げやり』なのは似ているけど違うんだ」「もっと自分の将棋を――自分を大切にしてくれっっ」
原作でも屈指の名シーン、「冷静な解説を放り出し、テレビの中から零のことを叱咤激励する」一連の場面、映画でもすごくいいです。
個人的には、空っぽの零の家に「引越し祝い」と称して高級なお布団を持って押しかけるシーンがめちゃくちゃ好きだった。こういうコミカルな部分もあって気を抜けるのもあって、2時間20分もあるのにそんなに長く感じなかった。
キャスト発表時、島田八段が佐々木蔵之介さんなだけで大勝利でしょ……! と思ったひとは全国にどれくらいいるでしょう? 期待に違わず最高でした。
対局中、無意識に不遜な態度を取る零を無言で諌め、自身の研究会でも面倒を見るようになる島田八段。
盤を挟んだ時のギラついた目と、家で迎える時の気の抜けた感じのギャップがよすぎる。干し芋や羊羹をもぐもぐ食べる。
何よりですね……前編は島田八段と後藤九段との対局が本当に! 最高です!!! 映画オリジナルの、おやつを食べるシーンが最高に最高。もうこれは観てくださいとしか言えない。
Twitter上から感想を拝借しておすすめコメントに変えさせていただきます。今この文章を書きながら、また観たい気持ちが高まっている。
宗谷冬司名人、加瀬亮さんの浮世離れした感じに胸がざわざわした。
監督が「一番キャスティングに悩んだ」と話していた宗谷名人。加瀬さんの線が細いのに存在感がある感じ、いざスクリーンで見るとストンと腑に落ちる。
ほとんど常に着物なので、そこも見どころでしょうか……色合いもきれいでうっとりした。
物語の進行上、宗谷名人は、後編が真骨頂です。目に焼き付くシーンがたくさんある。夢のように強く美しくてシビれます。
まさかの事態なんですが、後藤九段、好きになってしまいました。
後藤九段、原作だと下の名前は登場せず、今回映画化にあたって羽海野先生が「後藤正宗」と名付けたそうです。それくらい、原作ではそこまで大きく取り上げられているわけではないのですが、超よかったです……。こんなに心奪われるとは……。ダークホースでした……。
妻がありながら零の義姉・香子と不倫している後藤。「あなた、なんなんですか」と敵意むき出しの零とバチバチ火花を散らせる。
零に立ちはだかるヒールっぽさもよいのですが、後編でまた新しい側面が見えてそこがすっごくいいので、前編でドキドキしたひとは絶対後編も観てほしい!
後編では、将棋会館での対局中、彼はあるイレギュラーなことに時間を使うことになります。伊藤英明さんがキャスティングされたと聞いて監督が脚本に書き加えたという、この一連のシーンが私は本当に大好きでした。
……って、これじゃあ全然伝わらないですね! 4月の公開をお待ち下さい!
有村架純さんの激情っぷりがすごい。
零の義理の姉、香子。プライドが高くて気性が激しくて、いつのまにか自分より将棋が強くなった零のことを何度も精神的に痛めつけます。
正直、香子の暴言や暴挙、幼少期の零との確執はかなり辛い。目を閉じそうに、耳を塞ぎそうに辛い。のだけど、有村さんの香子はさみしさ、やるせなさがあって切なくなる。
零のマンションに突然訪ねてきて「足が冷えた」と言ってお風呂場でお湯を張ってあたためるシーンが瞬間的にすっごく好きだった。土足で人の心に踏み込みながら、自分を守るバリアが厚い感じ。
監督自身も「脚本の短い1行が現場で膨らんでいった」と話しているように、映画では零を育てた義理の家族・幸田家に、原作以上にフォーカスしています。
「後編では、彼らに何らかの救いを見出したいという想いもありました」――そう、後編で、マンガで描かれていない部分まで、さらに展開があります。あるのです。
川本家の3姉妹、好きになっちゃう。
ありがたい癒やしパート。観てるこっちも安心してにこにこできる川本家。
とにかくびっくりするのは家の中。ごちゃごちゃと生活感しかない感じが画面いっぱいに広がる! 戸棚の中とか、壁に貼ってあるものとか、細かいところまで気になって見てしまう。内装もセットでなく、ちゃんと一軒家なんだそうです。原作そのままみたいだ。
あとごはんが全部、おいしそう! マンガもそうですが映画もお腹が空く。倉科カナさんの「あかりさん」っぷりもすっごくいいのですが、ひなた役の清原果耶さんの確からしさがすごい。声がすごく「ひなちゃん」で感動した。
姉妹は後編で辛い問題に巻き込まれていくのですが、明るくて元気な彼女たちにいつのまにか思い入れているので、こっちまで本当にしんどくなる。身体的、精神的にキツいシーンを妥協せずに描いてくるんだな……というのは、映画全編を通して思ったことでした。
そして、数年ぶりに再会することになる、姉妹を残して家を出た父・誠二郎役が伊勢谷友介さんなのですが本当にこの役がですね……。いや、後編、こう思い出すと盛り沢山だ。凄みがあるシーンがいっぱいある。
地に足のついてる林田先生に癒やされる。
友達のいない零に目をかける高校の先生。今をときめく高橋一生さん、気を抜くとすぐにふさぎ込みそうになる零を、軽口を叩きながら励ますのがすごくよかった。
零くんと屋上で二人並んで座ってお昼ごはんを食べている画が(この言葉で正しいかはわかりませんが)とてもキュート。零くんが年相応の扱いをされていて、高校生だ! という気持ちになります。後編のあるシーンで、彼を励ます力強い言葉がすごく好き。
“3月のライオンは「将棋をテーマ」にした作品ではなく「将棋を職業とした一人の男の子の人生」を描いています”
原作の羽海野チカさんのこのツイートがすごく好きなんですが、まさにこういう映画だった。
「桐山零の成長」と一言で言えば簡単だけど、そのテーマにはいろんな要素があるわけで、それぞれの登場人物に意味があって、彼を通してひとつに収束していくような疾走感がすごく気持ちがいい。
その上で、前後編、少し温度が違うのです。前編は「エンターテインメント」、後編は「人間ドラマ」というか……後編の方が胸に来る。零くんの悩みは深くなるし、世界は広がっていきます。
もう一度、大友監督のインタビューから。
零くんの将棋人生は、育ての父である幸田に「君は将棋、好きか」と尋ねられて「はい」と嘘をつくところから始まります。「自分にとって将棋とはなんなのか」、複雑な愛憎がずっとあり続けるわけです。
迷い悩み続けた先に、何があるのか。零くんが何かを知る瞬間を見守ってもらえればと思います。