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レイプ被害と、それを誰にも言えない苦しみ 映画監督はなぜ「リアル」を追求したのか

映画「月光」。主人公のピアノ教師カオリは、教え子の父親からレイプされる。

語られる機会の少ないレイプ被害。その深刻さを描いた映画『月光』が、話題を呼んでいる。映画では、主人公カオリが知人男性にレイプされるシーンが、繰り返し繰り返し描かれる。

誰の助けも呼べない山中。車の後部座席で、のしかかってきた男の上半身。男の激しい息遣い。身体中にできたあざ。ボロボロのタイツ。ヒールが片足しかない状態で置き去りにされた。

カオリは被害を誰にも告げず、何もなかったかのように元の生活に戻ろうとする。だが、被害の記憶は、何気ないことがきっかけでフラッシュバックし、頭の中に蘇る。コンクリートの上で響くヒールの音。歩いて近づいてくる男性。薄暗くあたりを照らす月の光……。

なぜ、こんなにリアルに性暴力を描いたのか。そして、主人公カオリが苦しみを一人で抱え込んでしまったわけは……。BuzzFeed Newsは小澤雅人監督に話を聞いた。

性虐待された子どもたちとの出会い

小澤監督が性暴力を描こうとした直接のきっかけは、取材のために児童養護施設を訪れた時に感じた衝撃だった。数多くの子どもたちが、性虐待を受けていることを知った。

「 施設では『セイギャク』と略して話されているぐらい、それが日常化していることに驚きました。その時まで、そういう子がたくさんいることは想像できませんでした」

「レイプ神話」とは?

小澤監督は、彼女たちが受けた性暴力を忠実に描こうと思い、リサーチを始めた。

「当事者の方に話を聞いたり、被害者の日記や手記を片っ端から集めて読んだり。理解するところから始めました。適当なものではなく、現実に近いことを描かないといけない。 特に、いわゆるレイプ神話は描かないよう、責任感を持って取り組みました」

「レイプ神話」とは何か。

レイプが起きると、被害者をとがめる声が、あちこちから聞こえてくる。

例えば、被害者が夜道を一人で歩いていなければ、被害を避けられたはずだ。もし十分に抵抗していれば、逃げられたのではないか……。

レイプといえば突然知らない暴漢に襲われる、というイメージも神話の一つだ。

「実は顔見知りの犯行が多い。関係性を利用して、迫ってくる。逆にそうやって狭い関係の中だからこそ、被害にあったことを言えない。そして、当事者が言わないため、事件化されていない」

警察庁の統計によると、レイプ被害者の過半数は加害者と面識がある。うち半数は、知人や友人だという。

相談「できない」わけ

日本では、そもそも被害者が警察に訴えないケースが多い。内閣府男女共同参画局の「男女間における暴力に関する調査報告書」によると、2015年にレイプされた人のうち、警察に相談したのはわずか4.3%。誰にも相談していない人が67.5%もいた。

なぜ、相談しないのか。

映画の主人公カオリも、ピアノ教室の教え子の父親という面識のある人物にレイプされる。そして、カオリは誰にも被害を伝えられずに、恐怖と苦しみを抱え込む。

小澤監督は「もし被害にあったのが僕だったとしても、病院に行くとか考えないだろう。警察に行くとか、もってのほかだろうな、と考えたんです」と話す。

どうしてだろうか。

「まず、事件を語ること自体がきつい。語るには勇気がいると思います。もし病院に行けば、事件として扱われます。そうすると、自分のされたことが他人に知られてしまう。そうなったら、恥ずかしい。自分がレイプされたという現実を否定したい、という気持ちもあったと思います」

だから、カオリは病院に行けなかった。

生活を壊したくない

さらに、カオリは親にも被害を伝えられない。

「カオリがお母さんともっと親密なら、すんなり言えたかもしれません。でも、そうではなかった」

映画では母親からキツい言葉を投げかけられるシーンがある。

「家族との関係も、性被害を言えるか言えないか、かなり重要なファクターです」

仕事への思いもあった。カオリはピアノ教室の仕事に、生きがいを感じている。もし、生徒の親にレイプされたことが伝わればどうなるか。

「性被害者を好奇な目で見てしまう人もいます。狭い街の中で、噂はすぐ広まります。事件があった教室には子どもを送ろうと思わない。そうすると、教室が続けられない」

これまで通りの生活を壊したくない、という思いが、カオリを沈黙に追いやっていた。

助けてくれる存在はいなかったのか。

「いませんでした。仮にレイプ被害者の支援団体や、信頼できる人を知っていれば相談できたでしょう。でも、カオリは知らなかった。カオリと同じように、支援団体の存在すら知らない人も多いかもしれません」

私たちにできることは?

もしかしたら、カオリのように被害にあった人が、わたしたちの周りにいるかもしれない、と小澤監督は言う。そんなとき、何ができるのか。

「この国は全体として、性暴力、性被害に対する知識や理解が圧倒的に足りないと思います。議題自体を避け、タブー視しているところがあります。レイプとはこういうものだ、という思い込みを捨てて、実態を知ってほしい」

『月光』で、リアルな性暴力が描かれた理由はここにある。

「被害者の苦悩はなかなかニュースでは報じられません。一方映画は、社会が取り上げづらいテーマを描写できる媒体です。この『月光』という映画を、被害者の本当の苦しみを知るきっかけにしてほしい。そして、被害者の苦しみを想像したうえで、性犯罪事件や被害者支援について考えてほしい」

月光』は今年6月に封切りされ、国内の映画館で順次上映中。被害者支援団体が自主上映会を開くなど、性暴力の当事者たちの間でも話題になっている。ポーランドで10月に開かれる「ワルシャワ国際映画祭」では、1000以上の応募作の中から選出され、国際コンペティション部門で上映される。