じわじわファン増やす「#カルテット」わかりやすさを求めない孤独な挑戦

    やりたかったのは「唐揚げにレモン」

    「逃げ恥のプレッシャーはびっくりするくらいなくて。想像以上にのびのびしていて申し訳ない」

    TBSドラマ「カルテット」の佐野亜裕美プロデューサーはBuzzFeed Newsの取材に、少々自嘲気味に答える。その顔に嘘はない。

    昨年大ヒットした「逃げるは恥だが役に立つ」と同じ火曜10時枠で始まったドラマは、松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平の4人の実力派俳優たちが織り成す大人のラブストーリーだ。

    視聴率こそ2桁を超えていないが、放送されるとTwitterなどSNS上では大きな盛り上がりを見せ、じわじわとファンを増やしている。

    制作者側も予想だにしなかったファンの深読み

    「このドラマの不思議なところは、脚本家の坂元裕二さんとも話していたんですけど、視聴者の方が私たちも想像しなかったことを深読みしてくださるところです」

    例えばドラマで満島演じるすずめが、いつも飲んでいる三角パックのコーヒー牛乳。

    「あれは、形がかわいいから選んだだけなんですけど、三角すいは正四面体で、実はカルテットという意味を持つとネットで書かれていて、私たちも『へえ』と感心しました」。

    ジブリ映画「耳をすませば」でヴァイオリン職人を目指す天沢聖司の声を務めた高橋一生が、今作でヴィオラを演奏していることを意図的な演出と考えるファンもいたが「ネットで見て『ああ、そうだった。聖司くんだ』と気付きました」という。

    ドラマ1話のタイトルバックで、主演4人が奏でた「ドラゴンクエストのテーマ」にも大きな意味はなかったが、視聴者は「勇者を助ける3人のパーティ」と予想外の意味づけをした。

    佐野はファンの深読みを「ドラマの神様がいるなら、いたずらしているのかな。ドラマという複数の人の手が加わりできる総合芸術の醍醐味だと感じています」と話す。

    ドラマ「カルテット」の制作のきっかけは5年以上前に遡る。

    2012年1月から放送されたドラマ「運命の人」の打ち上げで、まだアシスタントプロデューサーだった佐野は、演出を務めた土井裕泰(「カルテット」でも演出)に坂元と仕事がしたいと伝えた。

    2012年末、プロデューサーになったばかりの佐野は土井に紹介してもらい坂元と会い、坂元と松たか子と一緒にドラマを作りたいと話した。

    松には「運命の人」で演じた良き妻ではなく、映画で見せる、時にブラックなコメディエンヌの表情を出してもらいたいと考えていた。

    そこから具体的にどの役者がいいか、どんな話が合うのか時間をかけて詰めていった。

    主演の4人はファーストオファーで出演を承諾してくれた。満島は別のドラマでも何度かオファーし、手紙でオファーしたこともあった。

    「2014年ぐらいにご本人にお会いする機会があって『手紙をもらうことはあるけど、女性からもらうのは初めてです』と言われた気がします」。

    4人が2組の夫婦という構想も

    役者が決まった時点で、物語はまだ確定はしていなかった。坂元の代表作「最高の離婚」を思わせるような2組の夫婦という案もあった。

    だが「4人の絡み方のいろいろなパターンを考えた時、結婚していると不倫が起こってしまう。三角関係でドロドロ、にもしたくない。もっと純粋な片思いや、秘密のベクトルをみたい」と現在の形に落ち着いた。

    「カルテット」はラブサスペンスなどとも語られるが、佐野と坂元、2人の頭にあったのが1988年から1991年までフジテレビで放送されたコメディドラマ「やっぱり猫が好き」だった。

    同ドラマの魅力である、たわいのない話が繰り広げられる密室劇。「カルテット」でも、些細な出来事が人生の真理に触れる。4人のそんな会話模様を楽しんでもらいたいと考えた。

    「唐揚げにレモン」はカルテットでやりたかったことの象徴

    第1話の「唐揚げにレモンをかけるか、かけないか」で揉めるシーンはまさに、2人がやりたかったことを表す部分だ。

    だが、そこは画鋲を壁に刺せるか、刺せないかで登場人物たちの育ちの良さを表すなど人間描写の名手である坂元の脚本。

    「たわいのないように見えた場面が、ドラマを貫くような大きなシーンにつながる。人生の真理につながる台本を読んだ時も、やっぱりぞくっとした」。

    その脚本に役者陣も応える。佐野が注目点に挙げるのは4人それぞれの目線の動き、視線の持つ意味だ。

    「4人の共通点は目の表情が豊かなこと。一見クールに見える龍平さんも、ちょっとした目線の移動で感情を表現する。松さんは黒目が大きくて情報量がとんでもなく多い。満島さんは目が全部を語っているような瞳を持っている。一生さんは手練で、いろんなことを目の表情で表現しています」

    例えば、第1話で高橋演じる諭高が松演じる真紀に向ける視線や表情が、あとから伏線であったことがわかるという。

    高橋一生のサービスカットは予想外?

    高橋といえば、シャツのボタンを外し、胸元を見せる仕草が女性の目を釘付けにしているが「最初からあった設定だったのですが、お芝居を見て、あんなにぐいっといくとは思ってなくて(笑)」と図らずもサービスシーンになった。

    ヒップホップグループ「ライムスター」のMCであるMummy-Dは、出演したCMを佐野、坂元がをそれぞれ見ていたことから起用を決めた。

    佐野によれば、Mummy-Dも含めミュージシャンは芝居の間の取り方がうまく、今回に限らず常にドラマにキャスティングしたいと考えているという。

    「『99.9―刑事専門弁護士―』ではレキシの池田貴史さんをキャスティングしたんですが、一緒に芝居をした香川照之さんは『リズムが良くて、気持ち良くなってくる』と言っていました」

    視聴者は「わかりにくいこと」を楽しめるか

    主流のわかりやすいドラマではない。細部のこまかい部分まで楽しめる「カルテット」だが、一方で「ちょっとわかりにくい」との言葉も寄せられる。

    佐野は「わからないことを楽しめるか、どうかだと思うんです。でも、楽しめる人はそんなにマスではないことはひしひしと感じています」と語る。

    現在のドラマ界全体の風潮である白黒はっきりとした、わかりやすさに抗うつもりはないが、こう見せたいと制作者側が決めるドラマばかりではつまらないとも感じている。

    ドラマの多様性を伝えたい。孤独なチャレンジになっているとも思う。でも、ほかの人がやらないものを作りたくて「カルテット」を企画した。違う楽しみを提供できると考えているから、「逃げ恥」は気にしない。

    主演4人が歌うことでも話題のエンディング曲「おとなの掟」。この曲の作詞作曲を担当した椎名林檎は、語らずともその意図を汲んでくれた。

    佐野は当初から役者4人で歌う曲をとオファー。椎名には台本を渡した上で「ドラマの世界の続きではあるけれど、ある種、それまで履いていた靴を脱ぎ捨て、別の世界にいっても構いません。素敵な曲であれば、ジャンルは問いません」と自由に作ってほしいと伝えた。

    できあがった曲の歌詞にはこうあった。

    好きとか嫌いとか欲しいとか 口走ったらどうなるでしよう

    嗚呼 白黒つけるのは恐ろしい 切実に生きればこそ

    そう人生は長い 世界は広い 自由を手にした僕らはグレー

    グレーを抱えて生きて行く選択肢もあるのに、白か黒か、と判断を迫る社会へのちょっとした一撃。多様性が肯定された歌詞に「本当にうれしかった。伝わったんだなという喜びがありました」。

    レコーディングには椎名も立ち会った。想像以上に素晴らしい役者たちの歌声、形になっていく楽曲に大きな手応えを佐野は感じた。

    「本当に、純粋にこれをやりたいということが実現した、もしかしたら人生で初めてのプロジェクトじゃないかなと思う」

    今後のドラマの見どころ

    最後にドラマの今後についても聞いた。

    ドラマは4話までで主要4人のキャラのバックグラウンドは語られ、そして5話(2月14日放送)で、松演じる真紀の夫の話となり、大きく動くという。

    「3話、4話と謎がどんどんと膨らんで、5話で温めていたものがパンと弾ける。風船が弾ける時を楽しみにしてほしい」

    「さらに6、7話では大きく展開。坂元さんも初めてという、あまり見たことがないテイストのドラマになります。雪に覆われた軽井沢で、ベクトルがどんどん内側に向いていきます」

    佐野の説明からは、ドラマのこの先の展開がどうなるか読めない。だが、わからないことが楽しい「カルテット」だからこそ、今後がさらに楽しみだ。