オタクのマレーシア人、日本でチャンスをつかむ
日本のオタクカルチャーにどっぷり浸かった中華系マレーシア人が、日本で漫画家デビューを果たした。愛知県岡崎市の日本語学校に通うペンネーム「OTOSAMA」。27歳だ。子供のころから日本の漫画、オタク文化にはまった。講談社から2016年3月、デビュー作「西遊筋」1巻を発売した。1年2ヶ月前はマレーシアの無職の若者。なぜ、成功の第一歩をつかんだのか。
OTOSAMAは「半年しか学んでいない」という日本語で、インタビューに応じた。
「西遊筋」は、中華圏でおなじみ西遊記のパロディーだ。三蔵法師はイケメンのマッチョ、孫悟空、猪八戒、沙悟浄などおなじみのメンバーは美少女キャラに設定を変え、ギャグ漫画として物語を練り直した。
大好きなのはギャグ漫画
物心ついた頃には、中国語に翻訳された日本の漫画を読んだり、テレビでアニメを見たりしていた。好きな作品は、多すぎて一つに決められない。幼少期に熱中したのは「ドラゴンボール」や「ワンピース」。バトル漫画から日本を知った。
尊敬してやまないのは「クレヨンしんちゃん」。ギャグ漫画が好きで、ペンネームはこれも大好きだという「あずまんが大王」に登場するキャラクター「ちよ父」から取った。「ちよ父への敬意をこめて、父に『さま』をつけておとうさま」。これをアルファベットにして、OTOSAMAが誕生した。
「仕事で疲れた時とか、読みたいのは笑いがあるものなんですよね。だって、疲れたら癒されたいじゃないですか。日本のギャグ漫画の笑いと、ぼくの波長があったんだと思います。ルーツはクレヨンしんちゃんですから」
ちなみに、好きな美少女キャラは綾波レイ、はまったゲームは『新世紀エヴァンゲリオン 綾波育成計画』。繰り返し、繰り返し「もう数え切れないくらい」プレーしたという。
ついに漫画家に
漫画家になりたかったが、マレーシアではどうやってなれるのか、わからない。「日本人の好きな漫画家は何人もあげられるけど、マレーシアの漫画はよくわからなかった」
大学はオーストラリアに。プログラミングを学び、卒業後はマレーシアに戻ってゲーム会社で携帯ゲームの開発に携わっていた。この頃から、Facebookなどで趣味で書いた漫画を投稿するようになる。
ゲーム会社の生活はきつかった。「いつかはやめたいと思っていました。とても、疲れて、疲れて」。2015年1月にやめた。
やりたかったことは2つあった。一つは、当時書いていた「西遊筋」を台湾の漫画コンテストに応募すること。「賞金がよかった。無職だったのでなんとか出そうと」。もう一つは日本への留学だ。日本語学校の資料を取り寄せ、どこに行こうか考えていた。
そこに朗報が届く。海外の漫画を探していた日本のコンテンツ業界関係者に声をかけられ、「西遊筋」の日本語翻訳への足がかりをつかむ。さらに、講談社の漫画雑誌「モーニング」の編集者の目に留まり、あれよあれよという間に2015年8月に連載が決まった。
「半額弁当200円が主食」
日本語学校への入学も決まり、来日を果たす。
いま、生活しているのは愛知県岡崎市だ。東京は人が多くて、物価も高い。適度な規模で、生活にも困らないという条件で探した。
日本語学校の寮になっているワンルームのアパートが生活の拠点だ。朝は午前9時から午後1時半まで日本語を学ぶ。その後は「仕事」だ。アパートの中にある机に向かい、夜までネタを絞る。
食事は近所のスーパーで買う「半額弁当」200円だ。午後8時ごろ、弁当が値下がるタイミングを狙う。タイミングが合えば、まとめ買いすることもある。一食200円。これを基準に考えるギリギリの生活だ。
「例えば、西遊筋1巻はだいたい600円なので、3半額弁当ですね。自分にとっては3食分です。まだまだ貧乏だから、いまは食べるものは、いつも半額弁当です」
「インターネットがあればいい」
空いた時間は家の中で、ニコニコ動画のゲーム実況を見るか、ゲームだ。そして、日本にきて大量に買い込んだ漫画も読み込む。
「ダンジョン飯」「よんでますよ、アザゼルさん。」「描かないマンガ家」……。
「どれも面白いですよ。簡単な日本語なら読めるようになりました。コナンとか金田一少年はちょっと難しいかも。ニコ動は面白いけど、2ちゃんねるはちょっと複雑。まだ、よくわからないかな。わからないことがあれば、ググります」
そして、力を込めて、こう続ける。
「ぼくはインターネットがあればいいんです。いちばん大切なのはパソコンです」
日本語学校で作文を書いた。「『乙!』ってネットスラングを書いたんですよ。そしたら、先生から呼ばれて『これ、どういう意味』って聞かれました」
ネットカルチャーが絡めば、すでに日本語は先生を上回るということか。日本語のお手本は漫画、ゲーム、そしてインターネットだ。
雑誌掲載がうれしい
日本で掴んだチャンスを逃したくはない。
いまの連載はウェブ版が主だが、時折、モーニング本誌への「出張掲載」もある。「西遊筋」が掲載されたモーニングがどうしても欲しくて、学校に行く前にコンビニに立ち寄った。コンビニに並んだモーニングの写真を撮って、購入した。学校には遅刻したが、気分は高揚した。
ギャグ漫画はセンスや文化の違いが浮き彫りになると感じている。日本でうけたものが、海外ではうけない。逆もまた然り。
「ある日、インターネットで、マッチョに三蔵法師の顔をはめた合成写真をみて、ストーリーを思いつきました。悟空も美少女にしたらどうかとか、ギャグも描きたかったから、アイデアはどんどん湧いてきました」
「ぼくがクールジャパン」
OTOSAMAの漫画の原点は日本、キャラクターの設定や描き方、擬音語の使い方はすべて日本の漫画の影響をうけている。そこに、中華圏では誰もが知っている西遊記の話をかけあわせている。生まれる作品はアジアのどこかであるようで、国籍を感じさせない仕上がりになっている。
そのせいか、日本人の編集者は「これは日本人が描いている」と思い、台湾出身者は「これは台湾の文化だ」と感じ、中国人からは「日本漫画好きの中国人が描いたんだな」とコメントが寄せられる。
「日本の漫画の影響をうけて、ゲームもインターネットも好きで……そんな、ぼくが日本で漫画を描いている。ぼくがクールジャパンだと思います」
目標は、何度も読まれる漫画だ。
「打ち切られないように、1日でも長く書きたい。もっと読んでもらいたい。西遊筋は一回だけじゃなくて、何度も読んでほしいなと思います。疲れた時に笑ってほしい」
まだ学びたてのはずの日本語で、好きな漫画を語るとき。OTOSAMAは最も楽しそうで、雄弁だった。