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若い女性に増える子宮頸がん 赤ちゃんと子宮を一緒に失う悲劇を防ぐために

婦人科がんを専門とする大阪大学産科婦人科学講師、上田豊さんの講演詳報第1弾は、日本で若い女性を襲う子宮頸がんの現状をお伝えします。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を予防するHPVワクチン。

2013年4月に小学校6年生から高校1年生の女子を対象に公費でうてる定期接種となりましたが、接種直後に体調不良を訴える声が相次ぎ、国が積極的に勧めるのを停止して6年以上が経ちました。

70%近くあった接種率は1%未満に落ち込み、このままでは先進国の中で日本だけが子宮頸がんから女性を守れない事態になっています。

こんな状況を憂慮して、日本産科婦人科学会はメディアや保健関係者向けに正しい情報を広めてもらおうと、全国で勉強会を開いています。

大阪大学の産科学婦人科学でHPVワクチンの効果や、接種が事実上ストップしている影響について研究している講師の上田豊さんが、日本の現状と対策を語る講演詳報を3回に分けてお届けします。

患者は増加、高齢者から若年者の病気へ

まず、子宮頸がんの現状のお話をします。

子宮頸がんは、HPVというウイルスに感染して、前がん病変というのが出て、だんだん進んでがんになる。そういう経過をたどる病気です。

大阪府がん登録で子宮頸がんの患者さんの数を経年的に見ると、1999年代まではずっと減ってきていました。ところが、2000年頃から明らかに患者さんの数が増えてきていることがわかりました。

高齢になるとがん患者さんの数は増えますので、患者さんの数だけで見ていると、高齢化の影響を見ているだけの可能性があります。

ですから、年齢の影響を調整して確認しました。

それでも、2000年頃から明らかに頸がんが増加していることが分かったのです。さらに、発症しやすい年齢を見ますと、1980年頃には、60代、70代が多かったようです。

ところが2000年になると年齢の分布が平坦化して、2010年になると若年層、特に20〜40代で著しく増加していることが分かりました。上皮内がんという浸潤がんの手前の状態を含まない患者さんの数です。 

なぜ若い世代で増えているのか? 

なぜ若い世代で発症率が上がっているのか、原因は明らかになっているわけではないのですが、今、私たちも共同研究者とそのあたりの解析を行っています。

一つは、性活動の低年齢化、活発化です。

最近ネットなどでは若者の性活動性が下がっているという記事を見かけられますが、逆にもっと低年齢の人の性活動性は上がっています。セクシュアルデビューの低年齢化はまちがいなく起きており、子宮頸がんの低年齢化が起きているのではないかと考えています。

もう一つは喫煙率です。今、子宮頸がんになっている年代は喫煙率がそれまでの年代より若干高いということがわかっています。

若年化と晩婚化・晩産化が組み合わさると....

その若年化に絡んでくるのが、日本の女性の晩婚化、晩産化です。以前は25歳で初婚、26歳で第1子出産というのが平均だったようですが、最近は29歳で初婚、30歳出産というのが平均になっています。

子宮頸がんの低年齢化がおこっていますので、妊娠・出産前に子宮頸がんになる女性が増えることになるわけです。

その結果、こういう症例も生まれてきます。

「赤ちゃんと子宮を一度に失った、希さんの症例」


ひとりっ子として育った希さん(仮名)の夢は、たくさん子供を作って、にぎやかな家庭をもつことでした。


24歳で結婚して、翌年に初めての妊娠。彼女は幸せの階段を登っていることを感じていました。


ところが、妊婦健診で子宮に異常な細胞が発見されました。精密検査の結果は、早期(1b1期)の子宮頸がん。


早期とはいえ、がん細胞だけを切除することはできませんでした。希さんの子宮は、16週の赤ちゃんが入ったまま、卵巣やリンパ節とともに摘出されました。


希さんは子宮頸がんに無警戒だったわけではありません。妊娠する3年前、自分の意志で子宮頸がん検診を受け、「異常なし」と診断されていたのです。それだけの準備をしていても、子宮頸がんは希さんから夢を奪っていきました。


(実際の症例を基にしています)(上田豊さん作成のリーフレットより)


これは、実際にわたしが経験した症例をもとに作ったリーフレットです。

子宮頸がんは浸潤がんになると基本的には子宮摘出か放射線療法が必要になってきます。

そうなると妊孕性(にんようせい)、つまり妊娠する能力はなくなるわけです。日本産科婦人科学会の年報によると、20代、30代でこういう治療を行なっている人は年間約1200人います。

もちろん、全員が妊娠を希望したかどうかは別ですが、少なくとも物理的に妊娠できない人が1200人ずつ生まれているのです。

検診とワクチンという二本柱で早期発見と予防

また、妊娠を希望しないとしても、子宮頸がんになって手術や放射線などの治療を受けると、神経が傷ついて排尿障害が起こったり、リンパ浮腫と言って足が腫れる状態になったりするなどの重い合併症が起こることがあります。

こうしたことを考えると、予防と早期発見が重要になるわけですが、幸い、子宮頸がんはワクチンと検診という二本柱があります。

まず検診の話に少し触れたいと思います。

子宮頸がん検診というのは、前がん病変の段階で見つけて治療しようという目的のものです。残念ながら日本の検診受診率は著しく低く、特に一番受けていただきたい若い層は、検診受診率が20パーセント台です。

子宮頸がん検診の精度は高くない

その子宮頸がん検診も万能ではありません。

「感度」、つまり病気をちゃんと見つけてこられる率は、たかだか80%です。日本ではもうちょっと高いという報告がありますが、異常がある人でも見落とされてしまう可能性があるというわけです。

また、「特異度」といって、異常でない人をちゃんと異常ではないと診断できる率も100%ではありません。異常がないのに陽性だと診断されて、余計な検査を受ける不利益も起こり得るということです。

ただ、これは検診を否定するものではありません。検診には、こういう限界があるということを理解する必要があるということです。

早期発見後の治療にも後遺症はある

その子宮頸がん検診で、前がん病変が見つかった場合、がんの一歩手前まで進んでいると、「円錐切除」という治療が必要となってきます。これも年間1万件を超える数が行われています。子宮の入り口を円錐状にくり抜く手術です。

ただ、この手術をすると、その後の妊娠で早産になる率が一般の人の1.5〜3倍になってしまいます。特にこういう治療は若い方が受けていらっしゃいますので、早産の問題はかなり重くのしかかってくるわけです。

がんになる原因そのものを防ぐHPVワクチン

そこで、HPVワクチンに期待がかかるわけです。

HPV ワクチンは、がんになる原因となるウイルスへの感染自体を予防するものです。ですから、前がん病変にすら、ならないようにするものです。

ただ残念ながら、ワクチンも頸がんを100%予防できるわけではありません。現状、日本で考えると、頸がんの約6割を防ぐ効果があると考えられています。

さて、このワクチンですが、2010年度に公費助成が開始されました。当初は13〜16歳の女子が対象でした。そして2013年の4月からは予防接種法に基づく定期接種となり、12~16歳が対象となりました。

ところが間もなく、対象者に個別にワクチン接種を勧めるお知らせが行く「積極的勧奨」が停止され、すでに6年以上になります。

それがどういう状況を生み出しているか、各生まれ年度ごとのワクチンの接種率を見てみましょう。

接種率がほぼゼロとなり、生まれ年によってワクチン導入前の状態に

1993年度生まれの人までは、まだワクチンがなかった世代です。94年度以降から99年度までは、だいたい7割ぐらいがワクチンを接種しています。

ところが2000年度以降生まれの人は、ほとんど接種していない状況になり、生まれ年度によって明らかに接種率が違うという状況です。

ここまでをまとめます。最近子宮頸がんが増加に転じています。そして女性の晩婚化、晩産化と相まって、社会問題化しています。子宮頸がん検診に加えて、HPVワクチンに期待がかかりますが、現状、停止状態です。

(続く)

【上田豊(うえだ・ゆたか)】大阪大学医学部産科婦人科学講師

1996年大阪大学医学部卒業。2005年National Cancer Institute(NIH)でPostdoctoral fellow、日本学術振興会海外特別研究員、大阪大学産科婦人科学助教を経て、2018年4月より同大学産科婦人科学講師。