一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのか

    悲劇を繰り返さないためには

    同級生に「あいつはゲイだ」とバラされた一橋大ロースクールの学生Aくん(当時25歳)が、苦しみ抜いた末、昨年8月24日に校舎6階から落ちて亡くなった。

    事件を報じたBuzzFeedには、多くのLGBT当事者たちから「私も同じような被害を受けた」という声が寄せられた。あまり公になっていないだけで、この問題は決して今回だけのものではない。

    2人はどんな関係だったのか。なぜ、同級生Zくんは秘密をバラしたのか。悲劇を繰り返さないために、まずは事件の詳細を明らかにしたい。

    Zくん側はBuzzFeedの取材に応じていないが、以下、Aくんの遺族への取材や裁判資料などをもとに、2人の関係を再現した(追記: Zくんの代理人は、BuzzFeed Newsの取材に対し「現時点では申し上げることはございません」と話している。そのため、以下Zくん視点の記述は、Zくん側が公開の民事裁判の場に提出した答弁書に基づいている)。

    出会い

    2人は2014年1月、一橋大ロースクール入学前のオリエンテーションで知り合った。4月に入学し、同じクラスになってからは、飲み会などで親交を深めていった。

    ロースクールは大学卒業後、司法試験を受けるために入る専門大学院だ。40人程度のクラスで、一丸となって合格を目指す。

    模擬裁判など、チームに分かれて共同作業をする機会も多い。行動を共にする時間が長く、全員の顔・名前がわかる。クラスの親密度は、大学というより高校までの雰囲気に近い。

    一橋大ロースクールは全国の法科大学院の中で、2015年の司法試験合格率が全国トップだった。2クラスしかない少数精鋭。同級生は教室以外でも、研究室や食堂など、キャンパス内外のあちこちで顔を合わせる。

    2人はクラスも選択コースも一緒で、毎日とまではいかなくても、頻繁に食事を共にしていた。週1回、都心のキャンパスで授業を受けるときには、他の仲間と一緒に神田で食事をするのが定番だったという。

    Zくんは2015年1月、Aくんから「大きすぎたので着ていない」と、コートをもらった。そのお礼に、朝が弱いAくんにZくんがモーニングコールをかけ、起こしてあげていた。

    同じ目標に向かって、切磋琢磨する日々。AくんはZくんを好きになり、いつしかその気持ちを、抑えられなくなっていた。

    告白

    AくんがLINEで恋愛感情をうち明けたのは、2015年4月3日午後11時すぎのことだった。

    「はっきり言うと、俺、好きだ、付き合いたいです」

    「ひどい裏切りだと思う」

    「ごめん」

    「むちゃくちゃ言われてもいいから、返事もらえるとうれしいです」

    「本当にごめん」

    メッセージを受け取ったZくんは、返事をする前に、すぐさま共通の友人Bさん(女性)に連絡した。「他言しない」と約束してもらったうえで、「Aから告白された」と伝えた。Bさんの意見は「告白が事実なら、友人としては好きだというような返事をするしかない」だった。

    「よき友達でいて」

    Zくんの、Aくんへの返事。

    「おう。マジか。正直言うと、びっくりしたわ。Aのことはいい奴だと思うけど、そういう対象としては見れない。付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいて欲しい。これがおれの返事だわ」

    Aくんは「ほんとありがとう」と返した。

    謝罪と許し

    そして、突然の告白を謝った。

    「ずっと言おうとおもってて、勇気が出なくてずっと言えなかったんだ」

    「俺のこと好きにはならないって頭では分かってても、ちょっとでも可能性ないかと思うとLINEとか送っちゃって、最近はひどかったと思う」

    「こんなこと言って申し訳なかった」

    「ちゃんと諦めるからまた飯誘ったりとかして気が乗ったら来てくれたら嬉しいす!」

    「キモいとか思うんだけど、悲しいけどすげー嬉しかった」

    Zくんは、次のようなアドバイスを送った。

    「いや、全然キモいとかそういうのはないよ。世の中には一定数同性のこと好きになる人はいるわけだから」

    「趣味の違いの一種みたいなもんでしょ。そんな自分のこと卑下しないで前向きに趣味の問題くらいに捉えた方がいいと思う。おれはちょっと期待に応えられないけど、今後も同性の人好きになったとしてもあんまり自分のこと責めたりするのは必要ないのではないかとは思うよ。うん。長くなったけどそういう感じで」

    「救われた」

    Aくんは、感謝した。

    「うん、ありがとう」

    「ずっと悩んでて、どうしてこんななっちゃったかっていつもおもってて」

    「そう言ってくれると救われた気持ちになるわ・・」

    Zくんの返答。

    「あと全然Aみたいに同性のこと好きになる人もいるから、LGBTで調べて」

    「本読んだりしてみるといいと思うよ」

    そして、Aくん。

    「分かった」

    「調べてみる!」

    「一人で悲観しててもしょうがないすよね笑」

    「Zに言えてよかった」

    だが、Zくんは、およそ3カ月後の6月24日12時32分、Aくんも含めたクラスメイト9人で作るLINEグループに、こう書き込んだ。

    「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」

    裁判で争われていること

    こうした形で秘密をバラされたことでAくんはうつ病になり、パニックで転落死してしまうほどの精神的ショックを受けた。遺族はそう訴えて、Zくんの責任を問うている。

    Aくんがゲイであることを周囲に隠していて、それが「他人に知られたくない私生活上の秘密であったこと」を、Zくんは裁判でも認めている。こうした秘密を、本人の意に反してバラすことを「アウティング」という。

    一方でZくんは、友達に自分の状況をわかってもらうためには、こうするしかなかった。つまり、アウティングには正当な理由があったので違法ではない、と主張している。

    この点が、裁判の大きな争点となっている。

    SNSでも論争

    この事件が報じられると、SNS上ではアウティングをめぐって、様々な議論が起きた。

    その中には「告白された側にとっては衝撃だったろう。幾ら友人だったとしても、恋愛対象だと告白された後は、男に性的な対象に見られている、と感じるのだ。それは普通の者からすれば恐怖ではないのだろうか」といった意見もあった。

    Zくん側にどのような事情があったのか。その部分を見ていこう。

    告白直前の2人の関係

    Aくんからの告白直前の出来事について、Zくんは次のように振り返っている。

    Zくんは3月下旬ごろ、AくんがLINEで旅行先や桜の写真を送ってくるのを不可解に思っていた。また、Aくんから「おれのことが嫌いになった?」といったLINEメッセージを受け取って混乱した。

    さらに4月2日早朝、Zくんが大学の研究室で勉強していると、Aくんがやってきて、「おれのことで何か悪い点があったとしても、いろいろ言われるのは辛いから、何も言わないでほしい」と泣き出した。Zくんは驚き、「わかった」といって立ち去った。

    Zくんはこうした経緯から、Aくんとはできるだけ接点を持たないようにしようと思っていた。そんなタイミングで、恋愛感情を告げられたのだという。

    友達ではなかったの?

    それでは交際を断ったとき、「よき友達でいて」と語ったZくんの真意はどこにあったのか。

    Zくんは裁判で、次のように主張している。

    交際を断ったにもかかわらず、Aくんが「普通の友人以上」に連絡などをしてくることが「全く理解できず、大変困惑し、精神的に不安定になり夜眠れなくなっていった」。

    「普通の友人以上」の関わりとは?

    ストーカーのような行為があったのかというと、そうではなかった。Zくんが理解できなかった「普通の友人以上」の関係とは、次のようなものだった。

    • 「授業までに来なかったら起こして」と頼んだ。
    • 4月22日、評判のいい12個の中堅法律事務所のURLをLINEで送った。
    • 口頭やLINEで、食事に誘った。
    • 5月中旬、他の友人と一緒にハイキングに行こうと誘った。
    • 5月18日、友人とラーメン屋に行こうと話していたら、誘ってもいないのについてきた。
    • 友人と司法試験予備校の講演会に参加しようという話をしていたら、Aくんも行くと言いだした。
    • 5月下旬以降、学校のラウンジで話しかけてきた。「うん」「そう」と返事をしていたところ、頭を抱えて「うあー」と声を出した。腕の付近に触れてきたので、「触るな」と告げた。
    • 「今日香水強いかな」と言ってきた。

    大学の友人であれば、どれもごく普通にありそうな話だ。

    実は、Aくんは高校時代にも、ゲイではない友人男性に告白して、振られたことがある。しかし、その彼とは生涯親友だった。亡くなる直前、直接会って、アウティングについて相談もする仲だった。

    恋愛がうまくいかなくても、友人として仲良くすることはできる、とAくんは身をもって体験し、考えていたのだろう。

    ハッキリ伝えられなかったZくん

    Zくんはこう主張している。

    Aくんから連絡が来るたび、「都合が悪い」「昼は買った」「ありがとう」などと、差し障りのない返事をしていた。「連絡しないで」とハッキリ伝えたら、Aくんを傷つけることになると考えていたから。

    しかし、交際を断られたのに、それ以前と同じように食事に誘ったり、遊びに行こうと連絡してくるAくんが「全く理解できなかった」。

    授業のプレゼン準備中、親しげに話しかけてきたり、腕や肩に触れてきたことも、Zくんは問題視している。

    つまり、「よき友達で」と言ったものの、実際には、ちょっとした連絡や親しげに話しかけることが、我慢できなかったということになる。

    Zくんの「苦しみ」

    そもそも、恋愛感情を告げられた相手が男性であれ、女性であれ、それ以外であれ、付き合いたいなら付き合えばいいし、嫌なら断ればいいだけだ。

    相手が同性愛者でも、過剰な「配慮」はいらないし、ZくんがAくんの恋を受け入れる必要はない。

    だが、Zくんはこんな主張をしている。一時期、「実は自分は同性愛者に対し偏見があるからA氏を避けているのではないか、とも考え、A氏を避けている自分に問題があるのではないか、と思って苦しんだこともあった」

    つまり、同性愛者への差別はダメと考えつつも、いざ同性愛者から恋愛感情を向けられると、相手を避けてしまった。そういう自分に苦しんでいたという主張だ。

    結局Zくんは、Aくんを避けるために、友人たちと距離を置くことになった。その理由を友人たちに話せず、孤独感に苛まれていったのだという。

    これからの争点は?

    Zくんの思考を振り返ってみよう。

    振られたのだから、必要以上に連絡を取らないでほしい——。ここまでは、AくんとZくん、2人だけの関係の問題だ。

    ところが、Zくんは、クラスメイトたちとの食事や、予備校の講座についてくることも問題だとしている。

    その通りに行動すると、逆にAくんが一般的な学生生活を送れなくなってしまう。そこまでを、要求できるものなのか。

    Aくんは、Zくんを苦しめようとしていたわけではない。Zくんにハッキリ断られた場合、それ以上しつこく誘いかけたり、連絡をしたことはないと、Aくんは書き残している。

    アウティングは試験直前

    Zくんの「アウティング」が正当化されるかどうかを考える時には、こうした背景に加え、目的と手段とのバランスも見ていく必要がある。

    アウティングがあったのは、憲法の試験直前の昼休みという、相手に大きな動揺を与えるようなタイミングだった。そんな時に、9人のLINEグループで「Aはゲイだ」と暴露することが、「周囲の友達にわかってもらうため」の手段として妥当だったのか。

    さっそくバラしていた。

    実は、Zくんは告白を断った翌日、さっそく共通の友人であるCくんに「Aから告白された」と伝えていた。

    Cくんは、以前からAくんを「ゲイ」と呼んでからかっていた。それを止めさせるためだったと、Zくんは主張している。

    ここでも、からかいをやめさせるために、Aくんがゲイだとばらす必要はあったのか、という同じ構造がある。

    他に手段はなかったのか?

    同性愛者は、珍しい存在ではない。友人から「自分は同性愛者だ」とカミングアウトされることも、珍しいことではない。

    電話相談の「よりそいホットライン」(全国:0120-279-338。岩手・宮城・福島:0120-279-226)は24時間無料で、性別や同性愛についての専門電話相談に応じている。

    ホットラインの運営委員を務める原ミナ汰さんに、友人から「自分は同性愛者だ」とカミングアウトされたときに、どう対応すべきかを聞いた。

    「カミングアウトは、その人に信頼されている証。暖かく受け入れてあげて」と、原さんはいう。

    原さんはカミングアウトとアウティングを、卵に例えてこう話す。

    「誰に、いつ、どういう形でカミングアウトをするかは、その人自身が決めることです。暖かく見守っていれば、卵のようにいつか孵るかもしれない。ところが、まだ機が熟していないのに、無理やりこじ開けたら、その卵は割れて二度と孵らなくなってしまう」

    一方で、同性からの告白を断ることに、罪悪感を抱く必要はまったくないという。

    「誰でも人を好きになったり、嫌いになったりする。告白を断るのは悪いことじゃないし、自分の気持ちを正直に伝えるのは、むしろいいことです。義理で付き合ってあげても、相手はうれしくないでしょう」

    過剰な反応をしないために、何が必要なのか。原さんはこう話していた。

    「LGBTはごく身近にいると知っておくこと。もしかしたらそんなことがあるかもしれないと想定しておくことが、何よりも役に立ちます」


    同性愛者への偏見がなくなればなくなるほど、「アウティング」の問題は解消していくだろう。しかし、AくんはLINEグループの複数のクラスメイトが性的マイノリティについて「生理的に受け付けない」などと話していたのを聞き、彼らにはまだ話せないと考えていた。

    もし、Zくんが専門家につながっていれば。そして、もしZくんがAくんに対して曖昧な態度をとらず、「今までみたいには付き合えない。もう連絡しないで」と、ハッキリ伝えられていれば、アウティングは必要なかったかもしれない。

    さらに、アウティングをしてしまったあとでも、Aくんとの関係修復はできたかもしれない。

    AくんがZくんに対して望んでいたのは、ただひとつ。アウティングに対する「謝罪」だけだったのだから。