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「それはレイプではなかった」と言われて。19歳だった女性は検察に絶望した

未成年だった女性は事件後、外出できなくなり、学校もやめた。不起訴になった男性は普通に生活している。

20歳のユミさん(仮名)は、事件から9カ月が経った今も、外出が怖くてたまらない。

通っていた専門学校は退学した。恋人とも別れてしまった。PTSDの症状に苦しみ、カウンセリングに通っている。

ユミさんがレイプされたという相手の男性とは、最寄駅が同じ。いつ街中で出くわすかもわからない。ユミさんはあの日から人生が変わってしまったが、男性は普通に生活を送っている。事件のきっかけとなったバーにも通い続けているようだ。

なぜなら、不起訴処分になったからだ。

初めて会った日に

千葉地検に提出した陳述書と、ユミさんの話によると、経緯はこうだ。

ユミさんは19歳だった2017年11月、母親と一緒に千葉県内のスポーツクラブに入会した。数日後、母親の都合がつかず、初めてひとりでトレーニングに行った日に、声をかけてきた男性がいた。

「鍛えてるの?」

その男性は、他の客やトレーナーにも親しげに話しかけていた。和気あいあいとしたスポーツクラブなんだな、早く打ち解けたいな、と思い、ユミさんは男性に言葉を返し、トレーニング器具の使い方を教わった。

午後9時ごろに着替えて外に出ると、男性が待っていた。「よかったら飲みに行こうよ」と気さくな感じで誘われた。

強いお酒が置かれた

「ダイエットについて教えてくれる、ということで、一杯くらいならいいかなと思いました。男性は40歳くらいのおじさんに見えました。恋愛対象になるとは考えもしませんでした」

ユミさんが自転車で、男性がバイクで向かった先は、男性の行きつけのガールズバーだった。ユミさんは梅酒を3杯飲んでフラフラになるほど酔い、帰ろうとしたところ、男性に「もう一軒だけ」とガールズバーの下の階の店に連れていかれた。

ユミさんは男性に未成年だと伝えていたが、バーで何度かトイレに立つたび、席の前には強いお酒が置かれていた。上半身をテーブルに横たえて眠ってしまった。飲酒をしたことはあったが、ここまでひどく酔うのは初めてだった。

顔を隠すのが精いっぱいだった

タクシーに乗せられたようだが記憶になく、意識が戻ったときは、男性に靴を脱がされていた。そこは男性の自宅で、支えられながらトイレに行ったとき、男性の母親らしき女性とすれ違った。

部屋に戻ると、男性はユミさんをベッドに横たえた。それまでの介抱する態度から急変し、強引に服を脱がせながら携帯電話で動画の撮影を始めた。

「動画をネットで拡散されたらどうしようと恐怖を感じ、必死で髪の毛で顔を隠しました。『やめてください』『撮らないでください』と言うのが精いっぱいでした。私の携帯電話は加害者に取られていて、助けを呼ぶことも録音することもできませんでした」

「どうしても顔は撮られたくなかったので、髪で顔を隠して後ろを向いた状態にしていました。顔を上げて抵抗できる状況ではありませんでした。加害者の体が近づいてくるのを手でブロックしましたが、簡単に払いのけられてしまいました」

「私としては身を守るための精いっぱいの行動でしたが、物理的には全く抵抗になっていませんでした。そのことを思い出すと、いまも悔しくて涙が止まらなくなります」

動画を撮られながら性行為をされ、泣き叫んだ。男性の母親が助けに来てくれたらいいのに、と願ったが、誰も来なかった。

男性から「うるせえ、殺すぞ」などと言われ、頭に毛布をかぶせられ、口と鼻をふさがれて息ができなくなった。レイプされて殺された女性たちのニュースが頭をよぎり、自分も殺されてしまうのかも、と恐怖を感じた。

脅される様子が聞こえていた

その後、ユミさんは男性の案内で駅まで戻ることになった。駅でタクシーに乗ると、男性が乗り込んできた。

自宅を知られないように、近くのコンビニでタクシーを降りた。どうしていいかわからず、泣きながら当時交際していた彼氏に電話をかけた。すると背後から「大丈夫ですか」と声がした。男性が立っていた。

「誰と話してるの?」「なに話してるの?」「動画ばらまくぞ」と脅され、ユミさんは「動画を消してください」と泣き叫び、助けを求め、逃げようとした。

その間、幸いにも彼氏に電話がつながったままになっていた。危険を察した彼氏が、現場近くに住む共通の知人に連絡し、知人男性2人が現場に様子を見にきてくれたことで、男性は立ち去った。

翌日、警察署で被害届を出し、病院で検査を受けた。男性は、準強制性交の疑いで逮捕された。

「警察官は、親身になって対応してくれました。しかし、その後の検察官の調べで、耳を疑うようなことを告げられました」

「性行為を嫌がっているのかわからない」

昨年11月24日、初めて千葉地検で担当の検事の取り調べを受けたとき、こう言われたという。

「動画を見ても、動画を撮らないでほしいということはわかるけれど、性行為を嫌がっているかどうかわからない」

「12月1日に容疑者を釈放する予定だ」

酔った状態で意識がはっきりしない中、顔を上げられない状態で、男性の体が近づくのを手で払おうとし、自分の体を押さえて守ろうとした。それは実際とても無力な抵抗だったが、検事は動画を見たうえで「嫌がっている」と見なさなかったのだ。ユミさんはその動画を見ることができていない。

ユミさんが抗議したため、検事は後日、発言の内容を謝罪したが、男性は釈放され、証拠が不十分である「嫌疑不十分」の理由で不起訴となった。

必死で抵抗したことが裏目に出た

もう一つ、法の谷間の問題があった。

強制性交罪(刑法177条)

13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。


準強制性交罪(刑法178条)

人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

レイプについては、この2つの罪のいずれかが適用されるが、検事は、ユミさんの状況では「どちらもあてはまらない」と判断したという。

ユミさんには途切れ途切れだが意識があり(心神喪失を証明できない)、泣き叫んで抵抗を示していた(抗拒不能を証明できない)ので、178条の準強制性交罪は適用されない。

激しく抵抗できなかった(暴行または脅迫を証明できない)ので、177条の強制性交罪も適用されない。それが、ユミさんが聞いた検事の解釈だった。

ユミさんは、かすかな意識の中で、命の危険を感じながらも精いっぱい抵抗したことが、「裏目に出たのでは」と絶望を感じている。

「意に反していたことは明らか」

ユミさんの代理人である伊藤和子弁護士は、こう説明する。

「その日に会ったばかりで、別に恋人がいるのに、直前までお酒をガンガン飲まされて意識がはっきりしないまま自宅に連れていかれ、毛布をかぶせられて殺されるかもしれないという恐怖の中で、動画を撮られ『バラまくぞ』と脅された。こうした状況を積み上げると、性行為が意に反していたことは明らかです」

「このような不当な認定が続く限り、彼女のようなケースで苦しむ第二、第三の被害はなくなりません」

検察の捜査手法にも、疑問点があったという。

地検に抗議文を提出

検事は、最初に入店したガールズバーの店員に「話を聴いた」とユミさんに伝えていたが、伊藤弁護士が店に確認すると、そうではなかった。

また、伊藤弁護士が証拠の閲覧・謄写を千葉地検に求めたところ、男性が自宅で撮影していた動画が証拠化(証拠として保存)されていないことがわかった。

ユミさんは「担当検事の対応は著しく不公正かつ不誠実」として7月9日、伊藤弁護士を通して千葉地検に抗議文を提出し、以下のことを要望している。

  1. 動画を証拠化して速やかに被害者に開示すること
  2. 不起訴の経緯を検証し、被害者に説明すること
  3. 不起訴処分を撤回し、捜査を再開すること


千葉地検の広報担当者はBuzzFeed Newsの取材に「個別の事件についての取材対応は差し控えます」と話している。

改正刑法でも維持された「暴行・脅迫」

2017年7月、110年ぶりに刑法が改正され、性犯罪は厳罰化された。

性暴力の被害者団体は、強姦罪(現・強制性交罪)の構成要件から「暴行または脅迫を用いて」の部分を削除し、表現を変更するよう求め署名キャンペーンを展開していたが、改正刑法でも暴行脅迫要件は維持された。

伊藤弁護士は「改正刑法では暴行脅迫要件は撤廃されませんでしたが、実務ではやはり、ユミさんのケースのように不当な案件が多いです」と話す。

検察のジェンダーバイアス

「暴行や脅迫」の程度が問われて不起訴になったり、控訴が棄却されたり無罪になったりすることは少なくはない。捜査の段階で「落ち度」を責められ、傷つく被害者も多くいる。

例えば、カラオケ店で初対面の女性の下着を男性が無理やり脱がせて性行為をし、逃げようとした女性がけがをした事件。

2012年の新潟地裁判決は男性に対し、「姦淫するために殴る蹴るなどの積極的な暴行は加えていないし、被害者のけがも重くない」「友人が帰った後も深夜のカラオケ店に一人で残り、肩に腕を回されたり抱きつかれたりしても強く抵抗していなかった」ため、「悪質ではない」と判断した。

性犯罪の刑事裁判に詳しい宮田桂子弁護士は「一般的に、検事個人の価値観や検察組織のジェンダーバイアスが、捜査に作用している可能性を否定できない」と指摘する。

「残念ながら警察や検察庁は、非常に男性的でマッチョ体質な組織です」

だが宮田弁護士は、暴行脅迫要件の撤廃には反対だ。刑法改正前、法務省の「性犯罪の罰則に関する検討会」の委員としても、暴行脅迫要件の撤廃に反対した。

暴行脅迫を広くとらえられるか

現状でも暴行脅迫の要件は緩和されている、という理由からだ。

「被害者が激しく抵抗していなくても、暗がりで加害者が現れるといった状況や加害者との体格差などから、被害者が驚愕して抵抗できなかったような場合に、通常の性交のときに伴うような手をつかむ、肩を押さえるといった行為を『暴行』と認め、強制性交罪が成立するとした裁判例は相当数みられます」

「準強制性交罪の『抗拒不能』についても、意識がない、物理的に抵抗できないということだけでなく、被害者の年齢や心理・精神状態に応じて、たとえば教師、親、宗教団体の代表など相手との関係性を考慮して『逆らえない心理状態だった』として『抗拒不能』と認定したケースもあります」

「暴行または脅迫」の程度について、1949(昭和24)年の最高裁判例の「相手(被害者)の抗拒を不能にし、またはこれを著しく困難ならしめるものであれば足りる」とする判断について、1958(昭和33)年の最高裁判例では、「単にそれのみを取り上げるのでなく、相手(加害者)の年齢、性別、素行、経歴、時間、場所、周囲の環境、その他の具体的事情とともに解釈すべきだ」とまで広げ、被告人の上告を棄却している。

つまり、被害者が「けがをするほど抵抗した」「身の危険をかえりみず激しく暴れた」といった行動をとらなかったとしても、被害者が一連の事情によって恐怖を感じて抵抗できない心理状態がつくり出されたことが証明できればよいということになる。

ただ多くの場合、「加害者は『同意の上だった』と主張する」と宮田弁護士。

「犯罪成立のためには『故意』が必要です。加害者が『この人は同意している』と一般的に誤信するような状態であったかどうか、という論点は別にあり、抵抗しなかったなどの事情が作用することは否定できません」

改正刑法では、衆参両院が附帯決議で、政府と最高裁にこのような配慮を求めている。

刑法第百七十六条及び第百七十七条における「暴行又は脅迫」並びに刑法第百七十八条における「抗拒不能」の認定について、被害者と相手方との関係性や被害者の心理をより一層適切に踏まえてなされる必要があるとの指摘がなされていることに鑑み、これらに関連する心理学的・精神医学的知見等について調査研究を推進するとともに、司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと。

宮田弁護士はこう話す。

「刑事裁判の大原則として、国(検察)に立証責任があり、疑わしきは被告人に有利な認定をしなければなりません。グレーなまま、国が個人を裁くわけにはいきません」

「どのような状況や関係性で抵抗できない心理状態にあったのか、被害者の話をしっかり聞いて、100%クロだと立証する必要があります。現状でも緩和されている暴行脅迫要件をなくすことはむしろ、ストライクゾーンを狭めることになりかねません」

スウェーデンでは2018年7月1日、同意のない性行為をレイプとみなす新法が施行された。CNNによると、同意なしのセックスを犯罪行為と定めたのは、欧州諸国では10カ国目。明確な口頭もしくは身体的な表現で性行為に応じる意思表示が必要としている。

検察審査会に期待できない

検察の不起訴処分を不当だと感じた場合、上級庁(千葉地検であれば東京高検)に不服の申し立てをすることができる。検察審査会に不服を申し立てることもできる。

だが、これまでの検察審査会の例では、8割前後は「不起訴相当」の判断となっている。レイプ事件で不服申し立てをしたジャーナリストの伊藤詩織さんが「不起訴相当」となったこともあり、ユミさんは慎重だ。これ以上、司法に落胆することに耐えられないかもしれない。

ユミさんはこう訴える。

「あれだけお酒を飲まされて、その日に会ったばかりの年の離れたおじさんにレイプされて、死ぬほど怖い思いをしたのに、私が同意して性行為をしたことにされてしまうのはとても悔しいです。あまりにも理不尽です」

「私に起きたことが何の犯罪にも該当しない、という結果を受け入れることは到底できません」

ユミさんは民事訴訟の準備を進めており、コンビニで男性から脅迫されたことについては、被害届を提出している。


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