視覚・聴覚障害を知っていますか? 当事者の女子大生が伝えること

    「知ろうとする姿勢と伝えようとする勇気。それが障害者と健常者をつなぐ」

    バレエ舞台の両脇でバレリーナたちが見つめる中、『眠れる森の美女』の妖精は、舞台上で華麗に踊る。クラシックの音色に合わせ、指先からつま先まで、正確なリズムでポーズを決めてゆく。彼女には、一緒に出演するバレリーナたちの美しい姿は見えていない。音楽も、半分しか聞こえない。

    上智大学4年生の兼子莉李那さん(23)。視覚・聴覚障害者だ。

    莉李那さんは、生まれつき眼球が小さい「先天性小眼球」だった。右目は、光を感じる程度でほとんど見えない。左目も障害のために視野が極端に狭く、見える範囲はストローの穴のサイズ。見える部分も視力は0.03しかない。

    この記事を書く私には、重度の視覚障害のある彼女から見える世界が、想像もつかない。「視野が狭い」ということがどういうことなのか、莉李那さんの解説をもとに、イメージ図を作った。

    左が莉李那さんが見ている風景、右が私が見ている風景だ。

    Eimi Yamamitsu / BuzzFeed
    Eimi Yamamitsu / BuzzFeed
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    限られた光、そして、音

    障害は、視覚だけではない。

    左耳は感音性難聴。ほぼ右側からしか音が聞こえないため、音がどの方角から聞こえてくるか、空間的に捉えることが難しい。

    視野の外から声をかけられると、どこからその音が聞こえてきたのかわからない。立ち止まり、限られた視野で相手を探す。白杖を持って街中を歩いていると、莉李那さんの障害を知らない人たちが、ひそひそと話す声が聞こえることがある。

    「あの人、本当は見えているんじゃないの?」

    まるで周りが見えているかのように歩けるのは、一度通った場所は懸命に記憶しているからだ。初めての場所は戸惑うし、人と少しぶつかっただけで、方向感覚がわからなくなってしまう。ちょっとした段差やくぼみでも、彼女には難所になりうる。

    目が見え、耳が聞こえる人には何でもないことが、大きな壁になる。それが、彼女が生まれたときからの日常だ。

    彼女の原動力とは何か

    4歳から続けるクラシックバレエで、難関で知られる英国のバレエ教師資格「Royal Academy of DANCE Vocational Graded Examination」を取得。小学生の頃から勉強してきた得意の英語を生かし、上智大に入学した。彼女の原動力は何か。

    「障害者は自分より絶対下の人間という見方が強いのは、悔しい」

    「障害者としてのプライド」を持っているからか、ステレオタイプのせいなのか、なかなか理解してもらえない。その経験は、子供の頃から何度となく繰り返した。

    「りーちゃんなんかに負けたって言ったら、ママに怒られちゃう」

    「りーちゃんとりーちゃんママは、障害者らしく悲しそうにしてればいいんだよ」

    教科書を拡大コピーし、地道に勉強を頑張ったり。可愛らしい服を着て親子で楽しそうに登校したり。「そういう当たり前のことすら、違って受け止められることがありました」と母の亜弓さんは振り返る。

    知ろうとする姿勢と、伝えようとする勇気

    彼女は昨年5月、上智大で開かれたイベントでスピーチをした。テーマは「沈黙は金ではない」。障害を理解してもらうには、コミュニケーションがいかに大事かを訴えた。

    「障害者の中には、自分の障害についてあまり人に知られたくないという人もいるのが事実です。知ろうとしない健常者と伝えようとしない障害者。それで困ったことがなんにもないなら構わないと思います。しかし、障害者というのは健常者と比べて、すべてにおいて困難が多いから障害者なんです」

    スピーチの中で、莉李那さんは白杖について説明した。視覚障害者が持つ杖だとは知られているが、弱視の人も所持が義務付けられていることはあまり知られていない。また、「視覚障害者だけではなく、障害者全員が持つのも法律上認められているという知識を広めていきたい」と彼女は話す。

    白杖は障害があること、サポートが必要かもしれないということのサインになりうる。しかし、彼女と初めて接する人々の多くは、白杖について彼女に直接にではなく、周囲の人に説明や助言を求める。「コミュニケーションが不足している」と語る。

    「知ろうとする姿勢と、伝えようとする勇気。この2つが生み出すコミュニケーションによって、障害者と健常者がよりよく共存する未来につながると信じています」

    障害者とどう会話を始めればいいのかわからない人に、莉李那さんは次のようにアドバイスする。

    「緊張している人もいるので、声をかけて。声をかけてもらって、不愉快な思いをする人はいないでしょう」

    また、反対に障害について伝えるのに躊躇している人に対しては、こう語る。

    「言わないのも、言うのも勝手かもしれないけど、言ったほうが楽だよ。言わないと、自分が苦しいだけだよ。逆に言わないから情報が入ってこなくて、ずっとずっと辛い思いしなきゃいけないのって時間も勿体無いし、その間にできることも出会える人もたくさんいると思う」

    昨夏に参加したGoogle Japanでのインターンシップも、莉李那さんにとって貴重な出会いとなった。インターンシップ中、メンターには「もっとできるでしょう」とできることには積極性を求められた。

    「自分でも『他の人と差をつけられて当たり前』と思ってしまう部分がありました」

    差をつけられて当たり前ではなく、自分から積極的に取り組む。そのことがどれだけ大切か、改めて気づいた。

    莉李那さんの将来の夢は先生になることだったが、もう一つ、夢が増えた。障害者のキャリア支援だ。どちらも、自分がこれまでの人生で学んだことを伝えたい。

    大学の講義を履修し終えるのに、人の数倍時間がかかる。大学卒業には7〜8年はかかりそうだ。

    確実にゆっくりと歩む。これまでと同じように。